小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

琥珀の日々

 

日々私のタイムラインを華やかに彩っていた、耳なし猫のアンバー。

 

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エリザベスが取れた日


 

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保護された日、病院で。

 

忘れもしない10月15日に、我が家の庭を泣きながら横切っていった彼女。両耳は血だらけで切り口も生々しく、よく見ると拘束された跡や、後頭部に負傷跡のハゲもあります。急いで病院へ連れて行き耳のかんばしくない部分を切除し、ノミダニの駆除をしました。その時に歯の欠損も見つかっています。受付で「一時的なものでいいから適当に名前を」と言われて、娘がその毛色からアンバーと名付けました。検索して2秒くらいで出てきた名前なのにあの子にぴったりです。毛色もさることながら、その瞳は本当にジェラシックパークに出てくるあの蚊を閉じ込めた蜜の色、琥珀そのものでしたから。

 

 

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ソムちゃんのお下がり、お花のドーナツがとびきり似合うよ

 

しばらく我が家の一員となった琥珀姫の最終目的地は、永遠の安息です。

まぁとにかく可愛いし、うちで飼っちゃおうかなって何度も思いました。でも先住猫たちの我慢が日々垣間見られて、なんとも申し訳なく落ち着かなく(´;ω;`)ウッ…。まぁ一緒にいると腹が決まれば、そのうち慣れていっただろうとは思うけど慣れるまではなかなか大変です。多頭飼いはどの子にもストレスですからねぇ。あっちこっちでシャーシャーギャーギャー諍いの声がします。そんな大人猫たちの顔色が冴えない中、アンバーはどんどん元気いっぱい。ソムちゃんにくっついて回ってウザがられていました。

 
 

 

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めっちゃ食べるしめっちゃ強気



 

  

そんなアンバーですがもう我が家にはいません。

一昨日、お家に帰っていきました。

「お家に帰る」つまり、なんとアンバーには飼い主さんがいたのです!

譲渡会から帰ってお風呂に入ってやれやれ座ろうかなーって頃に、会場から電話がかかってきました。その内容に私は思わず大きな声を上げましたよ。今までも、アンバーを欲しいと言ってくれる人はそこそこいましたが、譲渡の審査がけっこう厳しいのでお断りせざるを得ませんでした。「欲しい人がいる」くらいじゃもう私は小躍りしません。しかし耳を疑ったのは「アンバーちゃんの飼い主だという方から連絡がありました」なんですと?!私の間に入って下さってるのは、TNRや里親探しをされているかなさん(@kanamon55)アンバーの里親探しをツイートしたらすぐにフォローしてくれました。彼女が確認の為に相手から送ってもらった写真を見ると、そこには確かにアンバーが!知らない人に甘えて撫でてもらい、エリザベスを付けたアンバーがいます。もう鳥肌が止まりませんでした。

 

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飼い主さんからの画像

 

アンバー、あなたは誰?

アンバーの本名は、たろうと言います。

wwwwwwwwwwwwww

たろう?!と聞いた時、家族みんなで笑ってしまった。「たろうって日本の男児の名前です」って言ったら飼い主のFさんも笑っていました。いまごろ日本語ブームか。そして実家で飼ってた先代チョビのさらに先代の男猫が太郎と言う名だったので、チョビザセカンドと太郎ザセカンドが同居してる!って、私は誰にも通じないほくそ笑みをしてました。

 

アンバー(たろう)の飼い主さんはFさんという若い女性です。

 Fさんはある譲渡グループからお友達と共にアンバーを引き取りました。アンバーの余りに凄惨な虐待の跡を見て、みんなで育てていこうということになったようなのです。それは私達が想像するよりもっとひどい状態でした。男の人のサイズと思われるグローブの跡と、あちこちにワイヤーか輪ゴムのような拘束された跡もあったそうです。私も後頭部の傷跡は初日に気付いていましたが、その後腕をピックの様なもので刺されたらしき跡も発見しています。きっとその拘束をされた状態で様々な拷問を受けていたのでしょう。Fさんはアンバーを病院から自分の職場に引き上げて面倒見ていましたが、ここでアンバーは脱走してしまいます。なんと、逃げ出した拠点は我が家の真裏。同じタウンハウスの一室です。我が家は家番号1/10、Fさんの居場所は1/6。

 

なるほど、アンバーがこの辺りで見かけたことのない子なのも合点がいきます。昼はオフィスですが夜は誰もいない戸締りされた部屋なので、窓から子猫を見かけたこともありませんでした。傷は深く逃げて来たように見えるのに、体はそれほど汚れていないしノミも見られなくて、なにより目に力がありました。ごく至近距離からの脱走で体力が残っていたからでしょう。家にすんなり入ってきたのも間取りがほぼ同じだったからかも知れません。

 

そして思い出したのです。あの日、私がアンバーに「どうしたの?」と声を掛けた時、裏のお家のベランダから体を乗り出した若い女性が、それを見て微笑んでいました。え?あの傷に気付かないのかな?って、なぜ微笑みなのか違和感があったのでよく覚えています。答えが出たいま思えば、それが飼い主のFさんです。彼女は逃げ出したアンバーを2Fから見つけて「いたいた」と思って笑顔だったのかも知れません。探しに降りたけれど、結局見失ってしまったのか、その日アンバーは3回我が家の庭を訪れ、ついに夕方保護しました。しかし、結局その保護は早すぎて、見つけてもらえたかもしれないアンバーを閉じ込めてしまい、お家に帰れなくしてしまいました。首輪がなかったので、完全に異常者に虐待された野良の子だと思い込んでしまったのです。こんなに近くにいるのに、まるで違うユニバースくらい遠くに引き離してしまったのは、なんと私でした。

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人を求めて伸ばされるその手に、人がつけた傷

 

小さなアンバーの、大冒険が終わる

 

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運命の譲渡会

その週半ばまで参加を悩んで悩んだ譲渡会。いろんな猫の猫生が垣間見られて、いろんな事を考えてしまい、本当にパワー持っていかれる譲渡会www。とにかくとても疲れます。もう家で育てちゃえばいいじゃん!と思ったけれど、チョビが腰をぺっちゃんこにしてビクビク家に帰ってきては速攻ベッドの下に隠れて、夜中にそっとご飯を食べに出てくるような生活が続いていて、やっぱもうちょっとやれることはやろうかと思い至りまして(ソムちゃんは惰性で慣れていた)2日開催の所を1日だけでも行けよ!と自分を叱咤し騙しだまし参加したのでした。そして、そのたった1日の譲渡会が運命の日になりました。

 

会場はトンブリーのTang Hua Seng Thonburi。主催のしっかりした譲渡会でカメラマンの方がベストショットをFacebookにあげてくれます。とにかくね、タイ人の野良猫や野良犬への関心の高さがすごい。Fさんが毎日Facebookでアンバーを探していたのも納得です。リアルタイムでどんどん画像があげられていくし、保護猫を見に来た人もどんどん自身のFBに画像をアップしていきます。情報網もスピードもハンパない。いやタイ人がFB好きなのは知ってたけどまじほんと早いwww 2日間開催していると、1日目にこの情報を仕入れた人が本気モードで譲り受けに来るのです。1日目のさびれたショッピングモールのあの雰囲気ではとても決まるとは思えなかったのに、一転して翌日はかなさんのとこの12匹全員!お家が決まってしまいました。

そして、Fさんが見たアンバーはたった1日参加したこの日の画像だったのです。

 

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Facebookに紹介されているアンバー



うわーって。

もしあの日、譲渡会をさぼっていたら、すぐ真裏の家でアンバーはアンバーのまま暮らしていたわけですよ。おそらく一生我が家の姫さまとして。この運命が交わった一瞬の出来事で、アンバーはその翌日にはお家に帰ることが出来たのです。しかも徒歩でwww

 

 

アンバーが教えてくれたこと

 

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お昼寝

 

私がアンバーを保護する時、気になったのは「最後まで面倒みられるかわからないのに手を出していいのか」と言うことでした。自身の責任について、誰に相談することも出来ません。人間界で動物が生きていくそのケースは様々としても「出来る範囲」とか「常識的な」ことと言うのはあるもんだろう。そう思ってあるNPOに相談してみたんです。「残念ながら今猫ちゃんの受け入れはしていないんだけれど、その子を保護してください。ありがとう。ケガの経過がよければその子を元の群れへ返してもOKです。最後にもう一度ありがとう」そんな返事でした。保護した子をリリースしてよい、という選択肢が与えられたことで、私はすっと気が楽になり、大きな気持ちでアンバーを受け入れました。実際に、けがの具合を見ると歯の欠損もあり老後の身体が心配なので、誰かのお家で暮らした方がいいなと判断しましたが、助けたいと思った瞬間に「とにかく助けて。どうにかなるから!」と背中を押してもらえた事は、私に大きな勇気を与えてくれました。助けたい気持ちを当たり前に大事にするところ。どうにかなるさの精神はいい加減とはちょっと違う。0か100かで責任をひとりに背負い込ませないことで助かる命もあるってところが本当に素晴らしい。それはタイランドならではの、困ったらかなり周囲がどうにかしてくれるという魔法でもあるのです。「アンバーみたいに障害のある子は、みんなが協力してくれますからね」とかなさんが励ましてくれていましたが、あの譲渡会でどれだけの人が真剣にフランクに私達を助けようとしてくれたか、しみじみと伝わってきました。

 

譲渡会の猫たちをちょっと覗いてみようと思っただけの多くの人が、アンバーの前に立ち止まっては顔色を変えてせめてと募金をしてくれました。私の下手くそなタイ語の説明書きを読んでポロポロと涙を流してくれたおばちゃん。悔しいな!悔しいな!ってたくさん写真を撮り「必ず家族を見つけてあげる」と言ってくれたお兄ちゃん。何度も何度も何かを確かめるように来てくれたお母さん。こうして思い出しているだけで泣きそうです。ありがとうございました。

 

このトンブリーのショッピングモールで行われた譲渡会では、去勢手術、寄生虫のスポット薬、ワクチンなども無料で提供されました。すべての猫たちが安心して暮らせるようにと、お医者さんや企業が賛同してくれています。近所の猫ちゃんを捕獲して連れてくる人、多頭飼いで手術の負担も大きいご家庭などが長い列を作りました。場所を提供したショッピングモールだってすごい太っ腹です。どうしても手術になるから夕方には尿の匂いも出てくるのに、この世界にはそれより大事なことがあるんだよって信じることが出来ました。もちろんここだって日頃は犬猫禁止のビルです。でもその日はエントランスのドアマンも「どうぞ」と笑顔で、アンバーを正面玄関から通してくれました。優しい世界です。ほんとに。

 

きっと私はこれからも、アンバーを閉じ込めてしまった罪を償うでもなく、困った犬猫が居たら手を出してしまうと思います。でも、どんな出会いにもなんだか奇跡みたいなものが詰まっていて、私たちは流れるように行き交うけれど、結局どれも必然なのだから受けて立つしかないなと今は思えます。

 

そしてこんな大都会バンコクど真ん中にひとり、こつこつと野良猫を助けている人と出会うことが出来ました。彼女は今日も、人間式の生活のために街の隅へおいやられた猫たちの為に、屋根に上がったり暗がりで餌付けをしたりしています。猫には猫のネットワーク。猫助けにもプロがいる。彼女がフォロワーとして降臨したその瞬間と、お手伝いしますよと言ってくれたその瞬間、思わず椅子から立ち上がったこと2回。私はずっと忘れないと思います。

 

皆さんももし困った猫ちゃんを見つけたら、かなさん(@kanamon55)に相談して下さい。(私にとは言わない)

 

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バイバイ、アンバー

 

結果引き取りは叶わなかったけれど、声を掛けて下さった方、#今日のアンバーを楽しみにしてくださっていた方、日々応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。誰かを一目ぼれで撃ちぬいてやろう!とアンバーばっかり必死でアップしてました。めっちゃアンバーだらけですみませんでした。いやぁでもね、犬でも猫でも、たったひとりでいい、名前を呼んで頭を撫でてくれる人がいれば、それだけで幸せになれるのですよ。でもそのたったひとりを探すのが本当に大変。よくわかりました。今もしあなたのおうちに、あなたを慕う小さいの(大きいのも)がいるならば、それは奇跡です。とても深いご縁です。めちゃくそ甘やかしてぐちゃぐちゃにかわいがってあげてください。もうあんまり叱らないでペロペロして(無責任)

 

アンバーはたろうに戻りました。

バイバイ、アンバー。

いっぱいくれたのはアンバーの方だったね。

ありがとうね。

 

 

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絶対幸せになる



 




 

 

 

 

 

 

私がいちばん好きだった夏休みは、何歳のだろう

さっき思ったより寿命が短いというツイートをした。

他でもない私のである。

 

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今、我が家にはお散歩の途中に立ち寄ったにしては尻の長い、猫様が2匹いる。そこへ娘が犬を飼いたいと言いだした。こういうのは、まったく無理であれば耳にも入ってこないんだけれど、私も自分の人生で犬を飼ったことがないってのは、ちょっと心残りで、ダメよダメよと言いながらその可能性を探っている。

 

移住者が動物を飼う一番のリスクは、住居の選択が狭まる事だろう。

動物可の物件は多くないしあっても高いし、先人が飼っていた猫のスプレー臭などが残っていることもある。往々にして喫煙者のくせにたばこの匂いが嫌いだったりするのと同じように、私も有機的ななにがしかが入り混じった生活臭は苦手だ。

 

そうだ。

スペースが必要だ。

 

音や匂いやうっとうしい態度には、物理的な距離が必要だ。

これは子どもや年寄りと住む時も同じで、お互い触覚から少し離れていてくれると非常に心地よい。幸い私たちは今子どもの学校に合わせて、バンコクの郊外に住んでいるので一軒家を借りることも出来る。このコロナ渦で都心の家賃はダダ下がりしているらしいという噂がこの辺りまで有効かどうかはわからないけど、引っ越しチャンスには違いない。

 

下の娘の高校卒業まであと7年。

そのあと、夫婦でどこへ住むのだろう。子ども達はどこに行くのだろう。その時、犬がいたらどうするんだろう。そんな事をふんわりシュミレーションしていたら気づいてしまった。

 

もうそんなに長くない。

 

元気に動き回れるのなんてせいぜい70半ばまで。子どもをあと7年で追い出したら10年ちょっとしかご褒美タイムはないのだ。10年ってあなた。今まで10年を5回くらいやってきたけど、何もなしえていません・・・

 

残り寿命にて

・5年に1回引っ越ししてもあと2,3回

・親に会えるのも(喪)ひょっとすると10回ない

・プチ留学だってあと5回は出来ないかもな

・再訪したい国に行けるのもせいぜい1回かそこら

・犬猫飼うならそろそろタイムリミット

・家のローンはもう無理

・これから永住権はもう無理

・3年に1度の地元の本祭りも見れて3回?(どうでもいいながら)

 

これから引っ越したところに、5年住むとしよう。そうするともう人生の25%が終了したことになる。たった5年住むだけで、人生の1/4ガー 

 

20代はこれから夏休みが50回くらい来るでしょう。

ところが50代には20回しか来ません。

60代なら10回。

当たり前。

だけど16歳の夏休みが生涯一度だけなのと同じく、63歳だって一度だけです。そして大きくなればなっただけ、来年やろう、次にしようが、叶わなくなっていく。

 

 

寿命が近くていいことは、しょせん死ぬまでと思えば、がんや歯の治療もとりあえず死ぬまでもてばいい程度にしようと思えるし、英語やタイ語も永遠にイマイチだなぁ~って思いながら死んでいくと思えば、残念だねぇくらいのことだ。

さんざん遊んだんだよね。人生の後半が子育てで慌ただしかったから自分の時間がなかったような気になるけど、無駄に青春は長かったよ。

 

心残りと言えば、もっと歌って暮らしたかったな。

正直もうバンドやるのは面倒くさいし、有名にもならなくていいので、私はただ歌えればいいだけだ。作詞作曲もいまやめんどくさい。だって私には言いたいことなんて何もない。半身はすでに成仏している。それに世界には素敵な曲が溢れているのだから、その素敵な曲を大事に歌おう。「真剣にやるバンコクカラオケ部」でいい。少数精鋭でやる真剣カラオケ。なんならメンバーで死ぬほど練習して、結婚式の余興に人が足らない時、催しもののサクラなどにお呼びくださいみたいな活動はどうだろう。それだって、たぶん2,3回やったら死ぬ。完成度は高めていきたいと思うが、高度とはいえ消えものは非常に気分が楽でよい。

 

ここタイランドでは、まだまだ人の命が軽い。お別れもさっぱりしていて、みんななんか適当だ。もしかしたら私たちは、たった一度しかない人生!と思い過ぎなのかもしれない。何かに追い立てられて生きなくても、ただ生きるだけで良ければ、ただ楽しい方へ流れていくだけでいいのかもしれない。人生そのものが消えものなのだ。それでいいのだ!と教えてもらっている気がする。

 

「あっちゃんは、欲しいもの全部手に入れたね」

 

と言われたことがある。

ワケありだった夫、出来なかった子ども、それは私がコントロールできる運命ではなかったが、なんと神様は私とそれらを紐づけし今ここにチームがある。

だけど、すべてを手に入れるってどういうことだろう。私は私自身だけで何者かになることをずっと望んでいたし、それには人生が短すぎた。覚悟も努力が足らな過ぎた。コントロールできることの方がまったくうまくいかなかった。そんな人でもちゃんと人生は終わる。しかも調子がいいから、いよいよ残り時間が少なくなった今は、何言ってんの上出来じゃない!すごいじゃない!と素直に思っている。

 

 

 

ほんとう、私は大事な物を全部もってる。他にはもう何もいらなかった。

やり残したこと、成れなかったもの、そんなのも幻想、すべて淡雪のごとしナリ。

 

遺書かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

種をまく。

 


~踏まれて伸びよ青い麦

 

タイでもどうにか日本のテレビをリアルタイムで観られないかなぁと思って、奮闘していた。子ども達に8月6日の空気感を知って欲しかったから。だけど今年の記念式典はコロナの影響でとても参列者が少なく淋しい感じが否めなかった。当たり前だが年々、参列者は高齢になっていき、胸が痛む。

 

 

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偉そうに「子どもに平和教育を」なんてツイートしたけど、子どもの顔色をうかがいながら本当にゆっくりゆっくりやっている。ようやく、ここまで来た!と言う感じ。自然に興味が湧くように仕向けるなんて不自然だし、ここで不自然を貫いて苦手意識を持たれてしまっては元も子もない。りんとひょうが12歳(もうすぐ13歳)もかが10歳。ようやくロジックも立つようになってきていいタイミングです。これ以上遅くなると、まったくこちらの言うことを聞いてくれなくなりそうwそして歴史の授業もどんどん進んでいるし!当然ながらインターの歴史は世界史です。

 

ロックダウンで子らとの時間はたっぷり密。

これぞチャンスとスタートした母(私)による「平和と人権」講座。

 

私が子供に教えなくてはならないと思っている大事なことは、2つある。

平和教育と性教育だ。どちらも人権教育です。

どちらの話題も敷居を低くしておきたい。学校でもたくさん話を聞いてくればいい、さらに食卓でも話題が出てくるようでありたい。

 

 

上記のツイートの後、

 

「はだしのゲンなんてもう二度と見ないと思う」

「学校で見せられた映像がトラウマになってしまって、長い事苦しかった」

 

というツイートがけっこうな数で散見された。

 

あぁわたし「怖くても刺激が伴っても、どうしても必要」って言っちゃって、過去の平和教育のせいで眠れなくなってしまった子ども達の苦しみを、呼び起こしてしまったのじゃないかしら、と心配になった。

 

だって、私が一番心を砕いているのも「眠れなくなりませんように」と言う事だったから。話し始めるのをいつにするか、ずーっと子どもの顔を見ながら、タイミングを探ってきた。

 

私は最初から「世の中には残酷映像が満載」という前提で、あらゆるヒーローものの戦闘シーンも、やたらと血が噴き出す殺害シーンも隠さずに見せてきました。衝撃映像を見過ぎて慣れてしまうなんて抵抗ありますよね。でも恐怖映像にひっぱられて本質を見失うなんてことのないように、セルフセンサーをオンオフしながらお話の中へ入っていく能力は、お話を大きく理解するうえで大切です。うんこの話しながらご飯を食べたり、落ち着いてゴキブリを始末するってのも似ている(違うかもしれない)感情の境界を引く作業。出会える作品の幅が、俄然違ってくる。

まず映画や文章から都合の悪い所をカットしてしまった作品は、もうその作品の魂が欠けてしまっていると思うので、子の為だろうと作品いじりは絶対にしない。超いい作品なんだけど、まだちょっと無理かなってものはもうしばらくストックヤードです。

最近では子の方から「これ僕みません」と言われることもありwww、自分のキャパシティや好みを把握することも成長と呼んでいます。

 

もちろん、小さな子ども達や追体験に入り込みやすいお子さんは、視覚的な暴力から守られるべきだと思っています。性的な描写についても同様に。

 

特に、戦争で流される血や涙は、特別な意味をもっています。

今のうちはとにかく当時の人々の感情に寄り添えればよいと思っているけれど、やがて知りたくなかった事実を受け止めなければならなくなります。同じ状態を語るにしても、開ける扉によって風景が違います。加害者であることもまたつらいルーツです。クラスメイトには各国の子ども達が揃い、東アジアチームはことさら仲が良い。海外に住んでいると日本人としての振る舞いを求められたりするので、意図せず日本人としてのアイデンティティを掴みやすい。当事者性にも触れやすいかも知れません。どんな顔をして彼らと向き合うのか、大きな生の課題が目前にあります。

 

~大事なことは、共感と境界。

 

同じ様な日常を過ごしていた庶民の顔や声をまっすぐ引き寄せて考えられる想像力と共感力。同時に、取り返しのつかないつらい現実を受け止める大きな冷静さをもって、問題にきっちり境界を引きならがら全体を見つめる力を養うこと。多角的で広い視点からそして丁寧な手つきで検証すること。これは死ぬまで鍛錬せねばなりません。それが今始まったばかり。そしてこれは今後すべての問題に向き合う時に必要不可欠で、全ての人へ向けての祈りでありお守りになります。

 

私が子ども達に観せてきたのはこんなラインナップ。

一応、時系列に則っていろんな国の映画を観せています。

結構大事なのは、エンターテイメント作品であること。子どもも理解しやすくて有名なヒット作が良いと思っています。それから日本のテレビ局が時々制作するスペシャルドラマ。これには当時の日本の生活様式が見て取れるのがよい。空気感は想像力に大きな翼を与えると思うので。

丁度、日本語の練習用に「仁 JIN」を観ていたところだったので、この頃ヨーロッパはどんな時代だったでしょうかと「ミゼラブル」それから中国に渡って「ラストエンペラー」ここに満州が出てきたので、Paraviで探してTBSの終戦記念ドラマ「遠い約束」私も初鑑賞。で、第二次世界大戦になったのでいったんイタリアに飛んで「Life is beautiful」これ私が大好きな映画。アウシュビッツきたのでこのまま「シンドラーのリスト」にいきたかったんだけどDVDがイカレてて未だ観れず。さて沖縄へ戻って「さとうきび畑の唄」そして「アニメはだしのゲン」と。だんだん時系列がガタガタに。

これら全部を一気に観ているわけじゃなくて、日常的には日本語のコメディやサスペンスドラマを観ています。「平和と人権」は週に1回、鑑賞前には先生(私)の解説があり、なんとポテチとドリンクが許されます。これもとても大事です!

 

昨日は8月6日「今日は特別な日です」と明言してNHKスペシャル「証言と映像でつづる原爆投下・全記録」を。ここで始めてドキュメンタリーになりました。本物の映像はすごく刺さってたみたいです。これまで自分が調べたことや、学校でAtomicBomやった時まだ自分はそれを知らなくてちゃんと答えられなかったことなんかを口々に教えてくれました。その後New23。我が家でお馴染みの綾瀬はるかちゃんがお教室に入って来たのでめちゃくそ喜んでました。そしてせっかくテレビに出るのに高校生マスク外してやったっていいじゃないのよとか日本の変な生真面目さをやたら指摘しておりましたがw エノラゲイに乗機していた米兵じいちゃんが「私は謝らない」と断言したことについては重要なところなので、私から解説を入れました。こちらとしては「そんな風に言わないで欲しい」という思いもあるけど、そう言う彼のエッジも見えてくるじゃない。贖罪で生きていくことは出来なかったのかも知れない。それに、それがアメリカの一般的な考え方だとして「エノラゲイは世界を救ったヒーローだよ」と友達に言われたら、僕たちはどう応えられるだろうか。という話をしたりしました。今年13歳の双子は、もう何年かすれば、こういう話題に突然放り込まれることもあるでしょう。うまく話せなくても、顔を上げて自分で立っていて欲しい。

 

 

眠れなくなるようなトラウマを作る必要はまったくない。

だけど、これだけのことがあったんだから、寄り添えば寄り添う程、知れば知るほど傷つくに違いない。それでも、傷つくことを恐れないで、真実の蓋を開けて行くことが出来るようになってくれればと思っている。

 

今ならまだ伴走させてもらえそうだから一緒に走っています。

言語化の作業はこれからが本番。私もまだまだ勉強しなくちゃだ。

 

終わったかのようなってことは、終わってないってこと

世界の終りみたいな日々が続いていますが、みなさんお元気ですか?

終りが続くってなんだか変だけど。

 

学校がオンライン授業に切り替わって3か月、とにかく毎日皿ばっかり洗っていて落ち着いて文章に向き合うことが出来ませんでした。いやぁ世界中のお母さんお父さん、お疲れさまでした。暇だったんだよね?体も使わないし。なのに毎日なんだか疲れてた。そう楽ちんポイントがいきなり違ったからねぇ。そしてこれに慣れてしまった今では、元の生活もかなり面倒くさい。なんなん。

 

さて通学再開で、ようやく自分を整え中です。

 

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 ロックダウン明けのシーコンスクエア

 

 

ちょうど1年前くらいかな。

ツイッター内である話題が沸騰して、私のTLは噂と疑惑でいっぱいになっていた。私はその問題とまったく関係ないながら、その方と個人的に少しお話したこともあって足の先っちょをちょっと入れてしまいけっこうな痛い目に遭ったw。余計なことに首突っ込むからだ、と言われてしまえばその通り。だけど自分の中で違和感が湧き上がったら、それはもう私自身の問題だからな。正義漢ぶって庇ってるとか、認識が甘いとか言われたけどそうじゃない。逆に一般的な正義感なんてクソだと思ってるし、甘いなんて上から目線のさ、そういうの好きじゃないってだけだ。

とにかく「自分から見えてる側面だけで誰かを断罪してはいけない」と言いたかった。人には必ず自分からは見えない部分がある。そこを想像しないで誰かを責めてはいけない。もっと言えば、その人が殺人犯だったとしても、Twitterなんかで私たちが誰かを裁ける気になんてなってはいけない。ただのツイ廃、神様でも裁判官でもないのだから。多くの人が言葉の石つぶてを投げていた。小さなひとつぶ、だけどたくさんの小さなひとつぶ。あの優しそうな人が一緒になって笑っていたり、あの誠実な人が前からおかしいと思っていた、なんて言いだす。たくさんの笑いを交えて広がる声は、本人に直接向けられたものじゃない。ただの噂だ。そう誰もがただ噂をしているだけの気軽さで、永遠に消えない言葉を連ねていく。でもそれ、その人からも見えてるのよ。「やめなよ!」って叫んでいたら、戦の波動に負けたフォロワーさんたちがTwitterから去っていった。私が流れ弾に当たった衝撃は、それを見てた人たちまで貫いてしまったのだ。

その顛末をスクンビットのシャレオツカフェで友人に話したところ、ああでも、それってたぶんダメなやつよと、さらっと返された。

 

自分の違和感とか当事者性とかそういうあなたのこだわりの話はさておき(さておかれる)そもそもその、そもそもその話題そのものがよ、疑惑ほぼその通りだろうねと、思います、と言うのだ。なにを!!となる。そうここでも私達がいくら話したって真実を確かめる術はない。ただ私はその友人が私に悪意をもっていない事を知っているし、彼女がそう言ってる根拠事態は否定できないと思っている。その安定した関係の中でなら、どんな話も耳心地は悪くない。「ああなるほどね」「でもそれはさ」「ああそういうことね」「でもそれはさ」とお互いが詰め寄っていく。彼女は言った。

 

「私達はこうして顔を合わせて話ができるから大丈夫よ。違和感はちゃんと調整すればいいの」と。

 

うんそうだねって帰ってきた。

それがさ、最近とみにその言葉がじわじわくる。ほんとそうだなって思って、もうあちこちに受け売りしてるw

 

ロックダウンして仲の良い人たちと会えなくなった。たった三ヵ月のことだし私はひとりでいるのも大好きだ。いつも私を不機嫌にして頭をかき回してくるのは他者なのだから、誰にも会わない私はおおよそご機嫌。ノーダメージ✋である。けどね、たまに友達とご飯食べて、ちょっとした話をしてた元の世界では、自然に調整が入ってたんだよね。あれとても大事だったんだなと改めて思ったんだ。その人の声でその人の言葉の選び方で、手触りを感じながら。気兼ねなく気になってる話題をふってみると面白い意見も違う視点も、不快なく入って来る。リアルありがとう。

 

私もよく怒ってるけど(たいがい日本政府やヘイトにですよ)誰かにその声を届かせようとするとどうしても声はでかくなるしインパクトある言い切り型140文字を書いてしまいがち。特に主語をぼかして言ってる場合、前に向かって叫んでいたらまさかの後ろの人がうなだれてたりして。放った言葉が誰かを射ったらもう消えない。決定的な言葉は、今までの私とこれからの私を絶縁し切り取って、独り歩きをさせてしまうだろう。同じ様に、いつも温かかったあなたの笑顔も優しい声も、切り取られた断片となって、誰かの脳内で思わぬ姿に変換されてしまうかも知れない。そう言いっぱなしの「個人の感想140文字」は、おおよそ調整不可なのだ。

 

それでも、私は今日も140文字と格闘する。

3.11よりもさらに細かく分断されていくように感じる昨今。あっちこっちで行き違いの話を見ては、え?え?ってなってる。今はね、まるで濁流の中にいるみたいなんだよ。だからね、思うんだけど、今まさかこの人がそんな事を言うなんてってことがあっても、絶望しなくていいんじゃないかな。その言葉が出てしまう背景もあり、思い違いもあり、気の迷いもあり、売り言葉に買い言葉だってあるんだもの人間だもの。私が知ってる今までその人がどんなことに尽力してきたのか、思い出して見守るってのはどうですか?私がしでかすことも多々あるので、ぜひ待ってやってくださいw相手に興味を失って去って行くのは自然の通り。だんだん離れていく人を追いかけようとは思わないけど、もしその失望で傷ついてしまったなら、どうか言ってみて欲しい。たぶんそれ傷つかなくても大丈夫だと思うから。それが調整よ。文字では難しいよ。でももともと信頼していた相手ならいけるかもしれない。大事にしてることが同じだったはずの人は大丈夫じゃねえかな?私達はもっと分かり合うことが出来る。大事なのはお化け(妄想や絶望)にやられないことだ。そもそも敵などいないのだ。

 

でもさ、一番かっちょいいのは、手触りが感じられる言葉を、切り取られても自立して歩いていくそんな言葉が書けることだな。そう140文字には可能性もいっぱいある。短歌だ俳句だ都都逸だぜ。

 

・・・いえ、、、ただの、、、、、ツイ廃かー(;´Д`)?

 

なんて、考えていたこの3か月でした。

 

 

では、近々にプチ留学がらみの話をしたいと思いまーす。

  

 

 

 

 

 

 

 

あの頃の未来に僕らは立っているのかな

 

みんな!

9年よく生き延びました。10年目おめでとう!

 

 

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3.11当日。本当に運よくばあばいてくれて助かった。保育園からお友達の子も引き取ってくる。水がチョロっとは出たので急いで米を炊く。この後、タッキーもこの子のママも一晩かけて帰ってくる。被害の大きさはまだ不明で、きっと3.4日で同じ明日が戻ってくると思っていた日。

 

 

あの頃の自分に、今こんなんなってんのやでーって言ったら、ちょっと待っていま疲れてんねん!未来のことなど知るかボケーーーー!って聞く耳閉じたでしょうねwwww

前々回書いたことが、ほんの数日で現実になりました。

「ニッポンの脅威」はおとなしく、タイ人を怖がらせないように暮らしております。

今週もお話会があったけど我が家の娘不調により延期になりました。家族が多いと全員が万全の日なんてないから、もうこのまま誰とも会えないかも・・・;つД`)

 

 

8割の人間が治る病気

あなたのそばに感染者はいない

明るく過ごしていれば病気にならない

 

私もそう思ってる。

そう言ったりもしますよ。

だけどこのフレーズに潜む毒が多くの人を傷つけてきたことも知っている。

「大した事ない」「気にしすぎ」「あなた大丈夫?」

これらは、侮蔑です。気にし過ぎ=頭悪い、です。

ああ、それから最近よく聞くのは、あいつら(放射脳)がまたデマを流してる。それで東京がいったいどうなったって言うんだよバカってやつね。

 

誰もが正解を知らないのに、どうして人を蔑めるのでしょうね。ただ誰もが自分の信じたい情報を選んでインプットしているだけ。どんな気構えでいようと、お互い運よく生きているだけ。普通に見える東京も、普通かどうかわからない。少なくともデマを流したと言われている人たちは、未だに東京には入れない。なるべく行かないように暮らしています。命と引き換えに変えた生活、まだ収束していない日々の対策。きっとそんなこと、知らないんでしょうね。デマだけ流して平気な顔して元の暮らしにもどったと思われてるんじゃないかな?どんな事にも、自分の目に映ってない部分があるのでね、自分と違う感覚の人を馬鹿にしちゃいけません。

それでも放射能の時は、孤独を自分で選ぶことができた。私を気にいらなければどうぞ無視してください、でOKだった。

ところがウイルスはそうはいかない。誰かの協力がないとおさまらない。

 

思い煩いにやられず明るくいること

やれるだけの事はやって、清々しくいること

差別はしないできちんと区別する

きちんとした区別を人間関係でズレさせたりブレさせたりしないこと

 

これ私達が賢智を仰ぐお医者さまでも、大学の先生でも難しいでしょう。宗教家も悩むところです。誰にも恨まれずにこれができる人はいないのではないかしら。

自分の中にある恐れを「穢れ」に変えることなく「防御」し「逃避」し「保護」しなければなりません。多くの愚人は「穢れ」に触れたとたんに「拒絶」をします。

 

台湾では自宅待機のお宅に政府が食料を届けているんだそうで。

こういう気遣いをされると、差別され隔離されているという感覚から、あぁありがたいな頑張って籠ろう!って認識に変わりますよね。

国がこうやって生活に手を差し伸べてくれることは、必ず心のゆとりを生むし、落ち着いて問題と向き合うことができます。隣の人と力を合わせて乗り越えていく環境が整うのです。台湾だけじゃなく、様々な国の対策がどれも素晴らしく、改めて国の役割と言うものを考えさせられています。

 

そんなあたたかな思いをせず、9年間

私達は自分で自分を励まして、癒して、なんだかんだ9年間

生きました!

もう淋しいという感覚もありません。

 

でもどんな国に生きようとも、今度の課題は平等にふられています。

ひとりぼっちだからこそ頑張れたのかもしれない。その私達が、全てのどなたかにお願いをして、共通認識でみんなみんなで疫病を退散させなければ。

 

私たちは試されていますー。あぁぁぁぁ

国なしで立ち向かっていますー。

 

接客するだけで「濃厚接触」

ウイルス以上に人間関係が困難

 

なんの皮肉なんですかねwこれ

 

 

人をひとつにするのは、科学的真実しかない。

その積み重ねでしか人は救えない。

粛々とたんたんと、できることを。

大事なのは、いろいろあっても総じて幸せ!って気持ちだね。

 

2011年3月11日から10年目を迎える今日。

私は、あの頃よりも世界中に味方がいるような感覚で生きている。

少し視界が広くなった。

そのことはとても気分がいいし、私を強くさせている。

世界には、もちろん日本にも、たくさんのキレイゴトを胸に抱いて、今日も恥ずかしげもなくずうずうしく生きている同胞があちこちにいて、私は彼らの威を借りて日本に向かって大きな声でキレイゴトを叫び続ける。

 

ありがとうという気持ち100倍増しでゴージャス人生です。



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計画停電中の双子。3人幼児ワンオペ家庭に無理を強いる政府。こういう日は映画上映会と名前をつけて乗り切る。いつ誰が💩って言いだすかハラハラしたっけよー

 

さぁまた1年生きましょう!

 

 

 

 

美味しい紅茶をいれておいてね

ついにケーキが膨らんだ。

こちらのオーブンのせいなのか、私が年をとったせいなのか(握力?)日本にいた時と同じレシピで同じものが出来上がらない。

 

私のケーキはまず先にコンセプトがあって、

「ノンオイル」

これは後片付けが格段に楽なので自分のためにそうしている。洗い物が楽だと、ほんと何台でも焼ける!そんな気になる。

それから

「白いお砂糖を極力控える」

せっかくおうちで食べるケーキなので、お砂糖が少なくて栄養のあるものにしたい。

 

インスタ映え狙う余裕はないが、それは後からついて来る。

きっとワイルドなイタリアのばあさんの作ったケーキみたいで良い。

(ワイルドなイタリアのばあさんのケーキは惜しげなく砂糖使ってると思うけど)

 

砂糖にはケーキを膨らませる役割がある。だから減らしてしまうと膨らみづらいに決まっている。でもこのくらい膨らめばまあいいよねっていうギリギリにたどり着きたい。

 

クックパッドで拾ってきたレシピで作ってみたら、なんだかつまんない仕上がりになった。まぁそりゃ材料が材料だから、どう失敗したって美味しいよね。何度かメレンゲを強く作ってみたり、少しずつ砂糖を増やしてみたり、そしたらパッとしないどころか完全に道を見失い泡だて器をもって荒野にただずむようになってしまった。

 

そこに、母さちこがやってきて、卵4、砂糖、粉、共に100という黄金比率で、おしゃべりしながら小麦粉に指突っ込んだりしながら、見事な高さのスポンジを焼き上げた。そのまま彪に伝授して、彪はついに誰からの指示も助けもなしに、さちこ以上のスポンジを焼き上げるようになった。

 

すぐに私もキッチンに立って、自分の手際をみてもらえばよかったのに。

50になった私の中の思春期が「めんどくせえよ」と膝を抱えて、ついに確認作業をせずさちこを帰してしまった。まぁあれで膨らむということがわかったので、オーブンのせいではないってことはわかったわなんて、大人ブリ。

 

とにかく、この迷い道が苦痛かというと、実に面白い。

クックパッドで好みのレシピを探し、youtubeで技術を学び、しぜんと「なぜ、ケーキは膨らむのか」という科学と向き合うことになる。youtubeとかみてると「ここは5分泡立ててください」とかとか言われると、持ってる泡だて器はだれしも同じ物ではないのに、なぜ5分と言い切れるのか、なぜ?私は知りたい。膨らまないという地獄にはロジックが必要なのである。「えーっと、それではオーブンを170度に予熱して、ここに入れまーす」ってだいぶダラダラ開けっ放しでやってるロジックのない奴のハウツーなど、早送り早送り!してしまうのだ。しかしそれでも奴のケーキは膨らんでいる!!(´;ω;`)

こんなに自分に厳しい私のケーキは、なぜ膨らまないのか。ロジックまみれの私はいつの間にか泡だて器をもって沼にたたずむようになってしまった。

 

砂糖を入れれば解決するぜ・・・・悪魔がささやくのだが

 

youtubeみながら気づいたのである。

砂糖が少なめ、ノンオイルでも焼けるといえばシフォンケーキ。粉をさっくり混ぜる工程がないのもいい。とにかくレシピが非常に好み。もうシフォンケーキでいいんじゃない??

 

やっぱり、いきなりいい感じまで行く!

だけど、だけどさ、基本的にシンプルな工程だからこそ、自分の落ち度が響く。泡だて器を持って沼にたたずむ僕は、あともう少し膨らみが、あともう少し焼き縮みなしに、あともう少し、あともう少し、と夜中に目覚めて「なんで膨らまないんだろう」って夢に泡だて器をもっていくようになった。

 

そもそもうちのオーブンの取説に従って焼くと、シフォンは頭が焦げすぎてしまう。温度を下げると下が焼けない。庫内温度を何度も調節しながら、天板を足網に、足網からクッキー型を足替わりに使ったりして、庫内の環境を整えた。まぁまぁ。だけど、まだなんかパッとしない。なんだよこのパッとしない感。でも、なんとなく、あと何回かでたどり着けそう・・・

 

今日は金曜日。

子ども達が学校帰りにお腹を空かせて遊びに来るので、おもいっきりたくさんケーキが焼ける。ちょっとよそ様に食べていただくには心をこじらせていて勇気が要ったのだけど、先週の金曜、キッチンにケーキが山のようにあるのに出さない方が不自然って空気になって、そーっとテーブルに置いてみたら、イラン人のアリが「すごいなぁお前の母ちゃんのケーキめちゃウマやー(私訳)」と3カットも食べてくれたので、こじらせが治り(早い)今日もアリの為に、紅茶を一台とチョコレートを一台焼いたのだ。

 

まず作る前にお祈りを(うそです)

まずは温度管理を徹底的に、そしてゾーニングも徹底的にやります(言いたかった)

卵白は凍らせて、卵黄は湯煎して、冷蔵庫から出した粉や砂糖は常温に。牛乳は膜が張らないように温め、庫内予熱温度は200度で一度温めてから170度で40分(型は24cmアメリカンサイズ)予定。ちなみに、もう泡立てに問題はないと判断したので砂糖は黒糖で。かなりミネラルありそうなので邪魔かもしれないけど、シフォンは黒砂糖と相性いいはずなので実験です。

覚書(24cm型の真ん中に瓶を突っ込んだやつ)

卵 6個

小麦粉 100g

黒糖 100g

牛乳 100g

紅茶ティーパック 3袋

 

しかし、こんなに真摯に向き合ってるのに、私は私に裏切られるのです。

なんと、足替わりにしていたクッキー型(意味わからなくてもいいですが)を入れるの忘れてしまい、型を直置きしてしまった_| ̄|○

あーーーーーーー!!って思ったけど、それも試してみたかったから今回はもうオーブンを開けずに続行。

黒煙と共に焼きあがりましたがwww、竹串の通る感触が「これだ!」という感じ!パッとしたパッとした!やっぱり下からの火が弱かったんだな。

 

2台目のチョコレートはクッキー型を置きその上に型(日本的18cm)を乗せて、180度で35分焼いてみた。ココアパウダーと黒砂糖がどこまで気泡をつぶすかなー

 

覚書(18cmこのくらいなら瓶突っ込まなくてもいけるはず)

卵 4個

小麦粉 60g

ココアパウダー 20g

黒糖 70g

牛乳 60g

 

 

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ココア生地① 出たーーモリモリ~。焼き縮みもなさそう!串もさくっといい感触。

もう少し冷やしてから型から外さないと縮むだろうけど、もうお客さんが食べたい食べたい言うので、もう温かいやつを出しました。縮む暇もなく胃袋。

 

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ココア生地画像② 冷ます前。シフォンケーキは逆さにして冷まさないと自重でつぶれてしまうのです。どうやって逆さにするかは内緒です。

 

 

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紅茶画像① 子ども(どろどろした駄菓子やスパイシースナックが好物なやつら)には、ちょっと不人気。しかも焦げてるしな。

 

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紅茶画像② うっかり直置きしたために、底が焦げ、黒煙を噴き上げながら産声をあげましたが、しっかり火が通るという意味をわたしに教えてくれました。

 

あとは、好みの問題かな。

膨らんだけど、キメは膨らんでない方のが好みだったので、要研究かー。

 

 

 

今日は夢を見ないで寝たい。

 

隣に座るあなたと私と

 

 

さっきのタクシーの運転手さん、私を見てにっこり笑って「コリアンだったらOKだよ!」と元気に発車。今日はマックスバリューで特別たくさん買い物をしたのだ。降りる時、ミシミシいう程重いエコバッグを、彼はマイペンライマイペンライと言いながら玄関まで運んでくれた。ありがとう。いつものようにタイ人は優しい。優しいけど、せつない。

 

もともと今年は春のプチ留学は募集しておらず表向きはやらないつもりだったのですが、いつものようになん人かからオファーはありまして、その人たちだけ受け入れるつもりの準備はしていました。がしかし、このコロナウィルス騒動で本春は全員キャンセルです。

 

お迎えするこちらとしても、その方がよいかと思います。

 

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 3.11の時、私たちは今まで生きていた世界がひっくり返るような体験をしました。いい話もいやな話もエピソードは巷に溢れ、放射能問題で分断し、差別と区別の間で涙を流した。武漢人にとって、中国人にとって、この出来事は同じように世界がひっくり返るものとなるでしょう。世界との親和感が消え去ったんですから。どこの国も歓迎してくれません。「中国人か?」と聞かれる日々。我々は広がっていく罹患者数におびえ、映像を見てしびれ、「中国人帰れー!」と怒鳴った背中をどんっと中国人側に突き飛ばされています。「私は中国人じゃない!」そう振り返っても、欧米人から見れば、中国人も韓国人も日本人も同じです。東アジア人を見慣れているここタイではまだ「中国人か?」と聞いてきますけどね。もちろん悪気はないんです。不安なんです。怯えたタイ人に「大丈夫、私日本人だよ」って早く言ってあげたいと思う気持ちの中に「いやそうじゃない」という思いと「中国人でなくてよかった」とが、見え隠れします。そんな自分に心底がっかりします。ただ、ひとつ言えるのは、恐れる側の気持ちも、疎まれる側の気持ちも、どっちの気持ちも分かるのは、私たちが東アジア人だからなのですよね。感染予防はきっちりしながらも、私たちアジア人同士がお互いに無碍な態度をとる事だけは避けたい。放り投げた言葉や刃は、そのままこちらへ返ってきます。

 

放射能がばら撒かれた時、血相変えて汚染地を飛び出した「私達」は同時に、どうやって迎え入れたらいいのか不安にさいなまれた「私達」です。シビアな局面を思い出します。赤子を抱いて武漢を脱出した人も、見知らぬ誰かを守るために自分を閉じ込めて時が経つのを待っている人も、この危機を乗り切りたい。その気持ちとてもよく分かります。あの時の私達が、誰かを責められるわけがありません。

だからずっと考えているんです。

 

日本から帰国したタイ人カップルが陽性になったと。

故郷千葉でも複数人の感染者が出ました。

完全に他人事でなくなったと、感じています。

 

私は今、誰かの脅威となったのです。

 

ハーブサウナで隣に座ったおばちゃんが、とっさに口を覆って顔をそむけたのも、電車の中で少し距離を取られるのも、タイ人にしてみれば「私を嫌っている」のではなく「恐い」のですよね。私が日本へ帰国したら、きっと日本人もそう思うでしょう。みんな自分の陣地は何事もなく安全で、危機は外からやってくると信じているからです。

そればっかりは不満でも恨んでも仕方ない。

 

私達が肝に銘じておかなければならないのは、誰もが誰かの脅威になりうること。

目の前の人を安心させてあげるにはどうしたらいいんだろう。

世界平和は感染者の動向にかかっています。私は今感染者ではないと思うけど、あなたも感染していないと思うけど、そんな希望に根拠はないってことです。

自分が撒き散らすかも知れない可能性について真摯に考えるしか、健康と人権を守る方法はないでしょう。

 

 

そう、世界平和のために出来ること。

マスク着用、手洗いうがい。怖がってる人に近づかないこと。いちいち悲しまないこと。家でNetflixしてTwitterして。

 

たぶん、いっときの辛抱です。

自分が誰かの脅威でいる時間は。

 

だけど、ここで受けた傷をこじらすとけっこうひどく腐るのも知っています。激しく疎んじられたこの体験を武漢人は忘れないでしょう。これから私たち在外者も同じ目に遭っていくから、誰かの心無い言葉には同様に傷つけられます。自分は感染していないと確信している人は、脅威に対してどうして欲しいのか言っていいと思う。どうしたら安心して会えるのか、お互いが気を付けないとだよ。だけどそれは、絶対に罵声や罵倒であってはならない。言い方、けっこう大事!

 

自分はともかく、子どもだけでも。自分の家族だけはと思う気持ちは当然です。だけれど、それだけだと人はかなり残酷ですよ。ウィルスは人種を選びません。日本人だって感染源になるのです。どうかお近くの、日本人ではない人たちをこの罵声から守ってやってください。子ども達が無邪気に「ばい菌」などと言う言葉で貶めることがありませんように。みんなが同じ様な日常を生きるい市井の人です。嬉しいことも悲しいことも同じ様に感じて生きています。励ましと祈りを分け合いつつ、つねに冷静で社会的な人間であること、客観的であること。

半径5mの幸せ作戦を半径15mまで広げてくれたらなぁって思います。私の子ども達も同じ様に見知らぬ誰かに守られています。そしていつまでもここにいられたらと祈っています。

 

努々、分断されませぬように。