小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

日本人の貧困層を生み出すコールセンター?

貧困化するタイの日本人――月給9万円コールセンターの実態とは?

タイで「日本人が貧困日本人を生み出す」システムが確立されているという。
ポイントはここですね。
日本人がスキルのない日本人を利用して低賃金で雇い搾取している。語学力不要で勤められるがその労働環境下では語学を含め他スキルも構築される事がないので転職先も同じ様なものしかなく負のループにハマってしまい、日本人貧困層が生まれると。


コールセンターは昔からあります。3万どころか2万バーツのとこだってある。昔から日本人のコールセンターの仕事は、困った時の臨時就業先として名高い。後先かまわずタイに飛び込んできた人、バックパッカーの旅の資金、転職活動中の急場しのぎなど。
3万バーツあればローカル程度の生活は出来るから安心していいよ!とは言いません。ローカル程度の生活しかできないよ!とも言わないけど。だいいちローカルってどこの誰の事でしょう。
「・・・それはもはやタイ人と同じ生活水準。ちなみに現在、日本語を話すことができるタイ人の給与(新卒)は、平均2万5000バーツ~3万バーツ。つまり先日まで学生だったタイ人と同じ給与水準となる。」と言われ比較対象となっているこのタイ人新卒さんはきっととっても教育熱心なご家庭にお育ちの方でバックボーンは結構なお金持ちである可能性が高いです。この階級社会タイランドにおける幅広い生活層のどこを月給3万バーツの「貧困外国人」労働者と同じくらいの生活をする「ローカル」と言うべきか。比べるだけナンセンスを感じざるを得ません。もし比べるとしたら、かの栄華を誇った昔の駐在さん達とであれば納得。確かに日本人はずいぶんとなり下がりました。それは現在のタイに住む全ての日本人に言える事ではないでしょうかね。日本の良き時代は遠く遠くになりにけり。

もしその3万バーツで働く人たちが「層」になるほど存在するのであれば、日本そのものの国力低下と共に低賃金労働者が増え、人生を捧げるがごとく多くの時間激務に耐えているのにまったく未来が見えない。という背景の方が大きいのではないかと思います。もちろんタイにおける日本企業の不景気はリンクしているから、あちらでもこちらでも搾取まがいの労働が派生する。しかしまさか日本人の貧困層を作ることが目的で企業は人を誘いこんでいるのではない。ただ他にスキルはないけど日本語話せる人を安く雇っているだけだ。入りやすいだけに、うまいことこの構造にフィットしてしまう人が目立ってきたという事か。でもよく考えてみれば、スキルもないのにワークパーミットとビザが取得できるなんてずいぶんとありがたいんですよ。

タイのいいところは、多様性です。もう多様性しかないとも言う。そこで暮らしたければいろんな術があります。このコールセンターしかり、搾取だろうとなんだろうと「WP&ビザ」⇔「スキルのない私」でうまいこといけば結果オーライなんじゃないでしょうかね。ファーストステップとして仕事のつなぎ目として自分がその組織を有用に使えればいいわけです。

筆者の「タイローカルの生活をせざるを得ない」との物言はひっかかりまくりですが、逆にタイ語も出来ないでローカルと同じ生活はしたくても出来ないんですよ。タイはタイ語が一番強い。タイ語が出来ないなら薄給で高額の日本人用のサービスを選択せざるを得ない場面も多々あるということになる。3万バーツでこれは厳しい。この記事を読みながら「私だって月9万円も使わず生活してるけど貧困かよ」と思った方は結構いると思うんだけど、違います。9万円で豊かに生活を回せるだけのスキルがあるんです。スキルって何?って言えば、タイ語、英語、得意なこと、貯金、それからコミュ力です。

同じ低賃金搾取でも、日本に比べたらきっとバンコクのコールセンターの方が居心地がいいはずです。自分の時間もたくさん出来ます。気が付いたらあっという間に4年てきっとそうなんでしょう。意識的にこの空いた時間に何かスキルアップを図れる人じゃないとやはりいずれは貧困と向き合わざるを得ないとは思います。だから誰にでもお勧めは出来ません。とにかく40バーツの屋台ご飯から老舗のイタリアンレストラン240バーツのパスタまで、一億総中流幻想の中で何気なく口に入れていた物でも、こちらでの価格差は目を見張るものがあります。3万バーツで贅沢は出来ないし、物価高騰の最中、このお給料のままではいずれ帰国を迫られる事になるでしょう。でもどんな状態になってもWP&ビザさえあればタイランドは優しく微笑んでくれるのは確かなのでスキルなし3万バーツ死守でも「世界観を変える」作戦だって有効だけど?w 見てみたい・・・

まずそこまでのしなやかさと強さがあれば、それがスキル!マイペンライ!




Fitness First Q House Lumpini


今日はシケたガンの話じゃなくって、イカしたジムの話をしたいと思います。

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吹き抜けが怖いタイのビル。上の部分がジムね。

そうそう今もジムでこれ書いてるんですけどね。
結構広めのカフェを併設していて、サンドイッチやバナナ、シリアルなんかを購入出来ます。珈琲、紅茶、ソフトドリンクは無料です。新聞、雑誌、パソコンなども置いてあります。居心地は最高です。しかし寒い!運動しても汗がすぐひっこむくらいエアコン効かせているので、うっかり寝たら死ぬと思う。

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こんなところで遭難とは・・・

そんな人が死ななくていい様に、サウナとスチームサウナがあります。
私が行く時間帯は空いているので、スチームサウナはほぼ独り占めですけど、顔ばっかり熱くて長々入れないっていう・・・遠慮がちに体を横たえてみるけど、誰か入ってくるとついガバっと起き上がっちゃう。この前入って来た人はあたしがいるのも気にせず電気消して真っ暗な中タオルかぶってはじっこにじーっと座って力石徹みたいになってた。どうしていいかわからなかったよね。

そして化粧室にはストレートアイロンが常備です。さらっさらロングはタイ女子の命です。

嬉しいのは、ウェアとタオルが無料で使える事!荷物激減です。シューズと靴下だけ持ってくればOK。そして他のブランチも使えるので、パラゴンとかターミナル21とか綺麗な施設でZUMBAやったりも出来ます。そのうち行ってみようかな。・・・かな。

この一番近いQハウスだってちょっと家から距離があるんで、そこが続くかどうかなんだよね~。だからなるべく子ども達と一緒に家を出る様にしてなんだかんだ週3回くらいで来てます。日本では平日はほぼ毎日3~5km走って、ダンス系2本とヨガをルーティンそれも午前中に終わらせてから仕事もしていたので、かなりゆるくて消極的になりましたなぁ。しかしそれ私のせいだけじゃなくて、変なプログラム構成なんですよ。例えばダンス系が終わる15分前にヨガが始まっちゃうとか。これじゃ両方参加は出来ないのですよね。そうでなくても時間通りにプログラムが進行していないので、例え机上で間に合っていても間に合わないんですが。ヒップホップのインストラクターと開始2分前のエレベーターで遭遇すると言うね。もちろんお客さんも時間通りには集まらない。始ってからちょろちょろ入ってくるし、疲れたら途中退場もあり。だから不真面目かっていうとそういうことはなくてみんな真剣だしめっちゃ楽しんでますねぇ。さすがタイ人ダンスはとっても上手。勝手に余計なフリがいっぱい入るから前の人の真似してるとインストラクターと違う振付になってたりするんだけど。

「サバイサバーーーーイ!!!!!(ハート」

って踊りながらインストラクターが叫んで、

「フーーーーッ!!!」

てお客さんが叫んでと。
参加者はほぼ男性でスタートしたのに踊り出したら結構な率で女性になっちゃうということも。タイですなw

だいたい朝っぱらからこんなに働き盛りの男がいるってのは日本では考えられないですよ。いっつも同じおじさん(私より年下かもだけど)に会うんだけど、今も横にいるんだけどダンスも一緒に踊ってるんだけど、何の仕事してるんだろう~。

そしてあれな、みんなウェアは家から着て来ちゃいます。シューズまで履いてスパッツでお尻丸出しなことも。タイ人は仕事でもユニフォームを家から着て出るのフツウです。
合理性最優先。それでいて実はすごく潔癖。自分がシューズ履いて来ちゃうくらいだからか皆のことも信用してないのか、更衣室用サンダルは持って来ている。けして床に素足を降ろす事はないのだ。誰かがちょっと使ったマットも絶対使わない。一度置きっぱなしのマットを共用かな?と思って使いそうになったら、ご親切に「新しいのここにありますよ」って教えてくれたりして。タオルもまめに交換してんのね。日本だったら一人1枚なんじゃないの!?って怒られそうです。

タイ人観察が楽しい。
しかしジムでは友達を作らないと決めているので、今日も怖い顔して走ります。


あ、そうそう大事なお値段ですが、1年契約でいつもある今だけキャンペーン割引を適用して月2600BHTくらいです。なんか3回個人レッスンがついてそのお金も別に取られたんですけど、担当のお兄ちゃんが苦手な自分大好きおれおれマッチョタイプだったので断ってしまい無駄にしました。たぶんまだ気付いていない無駄は相変わらず多いと思います。タイだから。





カユカユがひどい毎日

カフェに入ったとたん、お空がゴロゴロ言いだしましたよ。
雨季のバンコクです。

さて、ずーっとただ生きてるだけでの自分を許してきてだいぶ慣れ、何の予定もない平日の昼間からお風呂に入るのがなによりの楽しみとなっています。ツイッターで話題のコーヒーエネマ(珈琲浣腸)を始めまして、使用後のお尻は暴れん坊が元気いっぱい飛び散っているので体を洗う必要があり、そのまま3:3:3入浴をしています。首までしっかり熱めのお湯に3分入って3分出て3分入って3分出て3分入っておしまい。自分の世話だけで午前中が終わるよね・・・。

ノルバテックスの副作用と思われる皮膚炎は、いっこうに良くならず、当初疑っていた脂漏性湿疹と同じ状態が続いているため、ああこれは脂漏性湿疹なんだなと思っています。副作用で免疫力が下がり、皮膚に常在する菌が繁殖しているのでしょう。いわばカビですよ。ノルバテックス副作用湿疹っていう湿疹はないんだわな。いろんな表情をして副作用はやってくるのね。

ホットフラッシュとめまいも加わって、それから胃痛。あ、寝つきの悪さも。まだそれほどつらくはないけど、人間ホルモンが抑制されると大変なんだなぁってしみじみ思いますよ。これからどんどんネタが増えて来ますよ(´ω`人) 冗談ですよ・・・

ノルバテックスの投薬で私が怖がっている副作用は、子宮内膜の肥厚、子宮体がん、肝機能の低下、脂肪肝です。そもそも双子出産時に80kg近くまで増えた体重が、娘の出産と共に30kg程減り、その後鬼の様にジムに通ってカロリー計算して40kg代をキープしている最中、その激動に肝臓はついていけずγ-GDPが120もあったのです。完全に脂肪肝の数値。しかし日常生活に改める所がなかったので予後観察となっておりました。異常値ではあるもののだんだん数値も下がってきているなぁと思っているうちに移住してしまいまして、ちょっとこの肝機能が低いままだとノルバテックスが怖いのですよね。もしかしてこのカユカユは肝臓のせい?なんて思ったら怖くなって血液検査をしてきました。

結果、ゴクリ*1

乳がんになる前より健康になっていました・・・。

相変わらず栄養失調気味だけどね。なんかこれは体質かなと最近は思っています。食ってるしw

内科の帰りにいつもの乳腺外科に寄って「副作用でカユカユが酷いんだけど、先生ともう少し早く会えないかな」と言うと「皮膚科に行ってクリーム貰った方が早いよ!」と笑顔で言われました。予約を取り直そうと言うフリすらしないよね。まぁそんなんだから、皮膚科へ行った方が早いと思います!確かに!子宮の肥厚も調べないといけないんだな。日本だと乳腺外科からカルテがあちこちに回って何も考えず1日で終わるところを、タイでは自分でプランを立てて行かないといけません。でも実はそれって自分に何が起きてるのか考えなくても済んでしまうし、自分のこだわりを窓口である乳腺外科の先生が理解してくれなかったら無下にされてしまうこともありますよね。自分の思った科に行って気になる話を聞いてもらい、病院や先生を変えやすいことは人によってはありがたいことになるかも知れません。


娘のサマースクール終了まであと一週間、病院通いが続きそうです。


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*1:´・ω・`;

副作用キター ノルバテックス8ヶ月目

副作用キター

ずっと取りたてて副作用はないと言ってきたのに残念!


ここのところ痒くて痒くてしかたないのです。
自前のアトピー悪化と思っていたんだけど、いわゆる弱点に出てくるわけでなく
結構皮膚の厚そうな肩や手足に突然出ます。そして痒さの質がちょっと違う。
皮膚全体が薄く弱くなってしまった様で、少しこすっただけなのに赤くなってヒリヒリします。

アトピーでないのなら、なに?
出始めたのが髪の生え際、耳を通って首から肩だったので、脂漏性湿疹も疑いました。地肌カッサカサ系のドライな私が脂漏性って?って思ったけどドライタイプと言うのもあるらしいw
これは常在菌の反乱なので抗菌剤を使わなくてはならないのです。
試しに手持ちのアクアチウムを使ってみると熱かった肌が鎮静しいくのが分かり、あれ?あたり?
と思って、脂漏性湿疹の治療によく使われる薬を調べて薬局へ行ってみまいした。
あっさり入手。ビバなんでも金で買えるバンコク。
さて劇的な改善を期待したものの! 完治はしない様子。

あれ~?

私はほぼ湯シャン生活で、髪にシャンプーが残っているとかあり得ないのです。
日焼け止めすら疑ってかかるので使っておらず、化粧もしません。
大丈夫、誰にも会ってないからね。

もしかしてこれ。
あれ?もしかして?

「ノルバテックス 副作用 かゆみ」で検索してみました、ら。

いますね~苦しんでいるパイセン達が!
いや~なんですぐ思いつかなかったんだろう。本当に自覚の薄い癌患者です。
だとしたら、薬を止めるまで何をしたって追いかけっこなわけです。
勇気を出してステロイドを使ったって、原因がなくならないなら使うぶん皮膚を痛めるだけ。
せめてかゆみが取れるなら震える手で使ってしまうところだけど、ヒリヒリちくちくの真っ最中に
ステロイド塗った所でその上からまた掻いてしまう。

でも何もしないではいられないのです!

ついにコーヒーエネマにも手を染めて、いやお尻を染めて?頬染めて?
デトックスに励んだり、天然塩が良いと聞けばさっそく入浴に取り入れ、
汗をかいたらこまめに水シャワー。
とにかく保湿!ココナッツオイルにマルラオイル、仕上げはワセリンと。
それはもう、そーっとそーっと暮らしているんだけれど

5月最終週のままかバー前夜。
トリガー不明の大炎症が起き、特に顔がボコボコ。
どうしよう どうしよう

いいや寝ちゃえって寝てしまうってことも出来ないかゆさ。
しょうがないから氷で冷やして、中度のステロイドを患部につけてみた。
う~んと唸ってたら夫帰宅したので抗ヒスタミン剤を倍量飲んでみる暴挙に出た。
お陰さまでみるみる治まり、翌日は何食わぬ顔でままかバーが出来ると言うね。
怖いねwww

良い子は真似しない。

で、勝手にしばらくノルバテックスをお休み。
4日休んで再開したら、暴走しない程度のかゆかゆで過ごしています。

これまたタイの特殊事情なのか私の病院の特徴なのか、とにかく主治医と気楽に会えない。
「何かあったらすぐに来てね」て先生は言うけど、まぁ予約が取れない。
たぶんまっとうに先生にお伺いを立てるなら、病院へ電話して看護師経由で先生に対処法を
聞いてもらうっていう事になると思うんだけど、
この時の私はもう、それでもノルバテックスを飲み続けろと言われても飲めなかったので
その言葉を聞きたくなかったのですよ。

来月、アンジェラアキに会う予定があるのでその時ちゃんと言います。


とにかく、この薬を5年飲まなくてはならないのだから、焦ったってしかたないさ。
でもこれ、きちんと5年飲み終われる人って50%しかいないんだそうです。
それだけ大変なんだよね。これからだんだんキツイ現象が起きて来るんでしょう。


かゆかゆ以外にも、我慢できるレベルで起きている事。

軽いホットフラッシュ。
いつの間にか汗をかいてて暑い暑い言うておりますがタイと言う土地柄にて気付いていなかったw
寝つきが悪い。
かゆくてそーっと暮らしてるから運動不足かいなと思っていたけど、不眠は結構な人が体験している。

そして一番残念なのが太る。だわね~
それは本当に少しずつ少しずつ。
薄衣を羽織る様におっとりとした体形になりつつあるわたし。
今の所+3kgで、まだバレてないと信じて素知らぬ顔をしている。

相変わらずやる気はないがムチ打って運動しようっすっきりしたいって気持ちは満々なんだけど、皮膚温度が上がるとかゆいんだよなぁ。かゆくなると思うとテンション下がる。
だから半日絶食とかヨガ風ストレッチしたりしてるんだけど、それでどうにか薄衣で済んでる感じ。
着実に増えてる!

これから自分に起きる事を、いろんな方のブログを拝見して想定しています。
このかゆいは3ヶ月で治まって今度は次の・・・という文章も発見しました。

もしそうなら、体重はその時がんばって片付けるしかないかな。
今月は痒い対策と体重キープ。そして歯医者!←癌と関係なし。

私の副作用メモも誰かのお役に立てばいいんだけど。
まだまだ始まったばかりでやんすね。







































バンコクは真夏

やる気がないと言う報告のために訪れるブログ。

たぶん空港でスーツケースを変な引き方したからだと思うんだけど、肋骨が痛いんですよ。
乳がん 脇腹 痛い で検索すると「骨転移」と「肋間神経痛」しか出て来ない。
じゃあ肋間神経痛のがいい。

と言う事で肋間神経痛これの治りが悪い。ちょっと良くなったころ思わずノーガードで咳をしてこじらし、振り向きざまにねじり、就寝中息子に空転キックをくらって悪化し。
息を吸って痛し、横になって痛し、さっき髪を切りに行って来たんだけどシャンプー台から起き上がれず支えて頂きおばあちゃんかよ。

たぶんですね。骨転移ではないでしょうけど、筋肉とかリンパ切ってるから治りが悪いのかもね。
て、そんな会話はクリスじいさんとは期待できないんだけど、もうすぐ10ヶ月ぶりくらいにクリスじいさんに会います。一応、訴えてはみる。「問題ない!」って叫ぶけど、何気にカルテには書いていたりするんだよね。

さて、ブログがこの様におざなりになっているのは、私の志向がいまツイッターに向いているからです。まず承認欲求を昇華させるのに一番手っ取り早い。クイックレスポンス楽!
決められた文字数に収める。わかりやすく読みやすい文章。瞬発力。などなど、意外にいつの間にかいろんな能力を動員してるんですね。たぶん文字好きには職人的にそれが楽しい。
長い文章を書かなくなった自分にかなり淋しい気持ちがあったんだけど、まぁ14年近くずいぶん没頭したから、たまに違う事もしたいんでしょうよ。

あんまり逆らわないでやっていこうって思っています。

て、この位のフットワークならちょいちょいここへも来られそう。


ヒプノセラピー体験記

長らくご無沙汰をしていました。

こんなに長文を書かない日々が続くとは思わず。書けないって程でもないので書かないんだと思うけどw 

相変わらずホルモン剤の後遺症もたいしてないくせに、安定のやる気なさ。

誰かに誘われると脳内で「No!」のプレートが出まくりです。そこをリハビリと思ってなんとか出掛けてしまえば楽しいんですけどね。(誘って下さっているご友人各位リハビリと言って申し訳ありません)

その延長でブログの更新も滞っています。いいの。今はそれでいいの!

と思えればそれでまったく問題し。なのに、生産性の低い自分をやはりいつも責めてしまう。

しかし気付いて! もともと生産性なんてなかったよ!

そんな私が、最近ヒプノセラピーとご縁がありました。

私はとても自意識の殻が厚くて固くて催眠術なんて絶対かからないタイプだと思うのです。セラピストさんにもそう伝えました。

「いやいや全然催眠術じゃないんですよw」

どういうこと?まぁやってみればわかるねと。

ふむふむ確かに、目はつぶってるんだけど意識はしっかりあるんですよ。

その状態で自分の頭に浮かんだ風景や言葉をセラピストに伝えます。

はじめのうちは何か浮かぶか?と聞かれたって何も浮かばないし、無理に思い浮かんだ絵は口に出すのがはばかられる稚拙なもの。

私のセラピストさんは、本田由美子さん。

セッションの前にこう言ってくれました。

「思い浮かんだものがどこかで聞いたような風景やストーリーでバカバカしい感じがしても気にしないでくださいね。考え込まずに見えてるものをすぐにそのまま言って下さい。とにかく楽しんで!」

バンコクで開業されて間もないサロンですが、由美子さんはとにかく柔軟で会話を裏切らない。いつ会っても包容力を感じる大人の女性です。

「思い浮かんだものを言葉にする」という作業をひたすら続けていると、いつの間にかすっごく集中してるのです。

由美子さんに伝える。分かりやすく伝えなくちゃと思ってとにかく喋り続けてると、目を開ける事が出来ない位自分の中に潜り込んでいるんですね。

予想外に、私は名ダイバーでしたw

目を開けたら3時間位経っている!

そこで私が目撃した前世の物語は、今生きていくヒントを得るために用意されたものです。

すべて自分の脳みそから出たものなのですでに知っていると言えば知っていること。

由美子さんも「忘れてしまっていること」とよく言います。

ストーリーのディテールも顕在意識で気にかけてる事や思い癖みたいなものがすごく影響してると思う。

でもきっとその細かいことは何でもいいんだと思うのです。そのストーリーの中で生きている過去世の自分を見て思う事。過去世の自分が語る事。なぜこの話が湧いたのか、物語の骨子を受け取るのです。って、自分に起きた不思議な体験をどうしてもこうやって分析したくなるのですが、その事にもあまり意味はないのだそうです。

顕在意識に頼って暮らしていると、目に見えないものを信じなくなる。

不思議な事はどうにかして納得いくように分析したくなるんですね。でも考えなくていいんですよ。それはそのまま受け取ればいい。放ったらかしといていいんですよと由美子さんは言う。

私は顕在意識の塊ですから、ものすごく難しい。分析した~~い。

放ったらかしにするのがなんで怖いんでしょうか。見えたものなんて、自分にしかわからないのに。

セラピストさんにすら映像は見えてないわけですから、なんだウソばっかり!って言われる筋合いもないのですよ。

ヒプノセラピーは霊的なものでなく、瞑想に近い様に思います。

しゃべる瞑想。

私がなぜセッションを受けたかと言うと、こんなに生活習慣を気にして生きてきたのになんで乳がんになったんだろうとどうしても腑に落ちず、まったく別のアプローチで考えてみたくなったのです。

今の所2回セッションを受けています。

最高に深くダイブした私の最初の物語は、とてもとても悲しく恐ろしく、また温かい話だったけれど、あまりにも現実の自分の考えが投影し過ぎていて人に話しづらい。だけどそこに登場した小さな女の子は今でも心の中にいます。

完全燃焼。

まじ燃え尽きてケツの穴まで大公開したのでもう次のセッションのことは考えられなかったし、由美子さんにも「篤子さんはわかってるからもういい」と言われていました。

しかし次のセッションは「癌に直接なんで癌になったのか聞いてみる」というまさに私のテーマ。

そのモニターとして抜擢されました!

癌子ちゃん←漢字にすな! ガンコちゃん、と名前を付けられたマイキャンサーが語ります。

そうそう。自分の病気を知るヒプノセラピーがんこちゃん編で見られるのは、前世に限らないそうです。自分が癌になるきっかけになった場所へ戻っていくので、現世での人間関係や環境が出てくる事も多々あるそうです。癌なんて10年前から出来はじめてるって言いますからね。

まずは自分の乳房へ降りて行く。

私の乳房の中は、真っ暗です。

深い深い地下に続く階段があります。階段を下りて行く途中に、アラブ人の老人が小さな机に向かって意味のない本を読んでいました。門番なのかもしれませんが、特に接触してくる様子はなく更に私は降りて行きます。ついには石造りの牢獄へ辿り着きました。ガイコツやミイラ意外何もありません。しかし良く見ると何処かに続く道があります。通って行くと私の前世が広がっているのでした。

その少女は赤毛の青い目で痩せ細っています、貧しい家庭の娘として生まれ、病気がちで学校へも行かれません。もうボケてしまっているおばあちゃんと、暖かい部屋で一日を過ごしています。無理をすると心臓が痛い。

彼女には弟がひとり。この弟は現世での私の弟だとすぐにわかりました。

この弟が彼女にとって唯一の社会です。怖い先生の話や教科書の落書きを持ちこんでくる風でした。

母はいつも疲れていて仕事に家事にと忙しく、父は寝る間も惜しんで働いてそれでも社会全体が不況に晒されていました。誰も弟の世話をする人がいません。彼女は一日部屋にいて楽しい話を作っては弟に聞かせ、一緒に絵を描き、生きるのに大事なユニークな考え方をひとうひとつ教えました。

体調はいっこうに芳しくならないまま、15歳の時働きに出ます。なるべく動かないで済むようお針子さんになり帽子を作ります。

家計の為に働きに出たものの、人に褒められたり誰かの役にたつなどということは、もうこの上なく幸せで、体調は悪化するのも構わず2年も続けられました。

そしてついに17歳で命が尽きる時、彼女の中には小さな命があり一緒に天上へ上がるようです。

恋もして結婚もしたけれど、子が産めるような体力はなく、この子はそもそも産まれる事の出来ない命で彼女を迎えに来たようです。

私は小さな世界にいたために、誰かと競ったり、認められようと足掻いたりする事はなかった。名声を得たいと思う意味もなかった。だから惑わされずぶれる事なく、いつも目の前の幸せだけを見つめる事が出来た。

おばあちゃんにお茶を飲ませ語りかける事。私が誰だかおばあちゃんには分からなくても、おばあちゃんが温かい体を持ってそこに存在するという事実はいつも私をとても幸せにしてくれた。

それから年の離れた弟は、私が育てたと思っている。彼は本当に素晴らしかった。とても私の人生を輝かせてくれた。彼は私の考え方や物語を体現するように生きて、そして幸せになってくれた。何よりも嬉しいことです。

父も母もいつも私に寄り添そい家族は仲が良く部屋はいつも暖かくて、短いけれどとても素晴らしい人生でした。満足です。

最後に子どもを宿して死んでしまった事で家族をより深く悲しませてしまった事はとてもつらかったです。でも私はこの子と逝ける事もまた幸せなのです。

と彼女は私に語ったのです。

どうやら私の前世はいつも短命です。

前回の少女は空爆で殺されてしまったので、本当に思い残した事がいっぱいありました。

今回も少女でしたが、彼女は病気がちだったために幼少から死期を意識しており、小さな世界の幸せをしっかりと見つめて生きていました。人様よりはだいぶ若くに死んでしまったものの、本人は「思ったより長く生きられた」ととても満足しています。

ここからどういうメッセージを受け取れるか。私の現況から透かして見て考えるわけです。

前世の終焉を見届けて、また牢獄のある乳房へ帰ってきました。

どうしてこんなおっぱいなのかな、少し不安です。

由美子さんが「好きなように部屋を飾っていいですよ」と言ってくれたので、私はクッキーの中で暮らしてるみたいにメルヘンで暖かい、そうそれはちょうど前世で私が暮らしていた家の様にふんわりとした調光の部屋にしました。

無駄に飾り物もたくさんしてクリスマスの様に楽しげです。

目が覚めてから、まずホッとしたのはこの部屋の飾り付けでした。

私は抗がん剤をやりたくない、子どもが小さいのに再発の可能性を残したくない、などの理由で全摘にして欲しいとドクターにお願いしました。女性としての悲しみだとか、母としての思い出だとか、んなもんはクソだと思ってただ前へ前へと突っ走っていたのです。本当に申し訳ないほどおっぱいに対して何の思い入れもなかった。

そう、申し訳ないって、やっと思えたんですよ。

いかにも役に立たなそうな貧乳だけど、3人の子どもに乳を与えた私のおっぱい。子ども達にとっては唯一無二の実のおっぱいです。それを自ら全部切り落とせと言った。ごめんでもありがとうもなく。それでもおっぱいは残ってくれているのに、それにありがとうもなかったんです。

暖かいおっぱいルームをイメージする事で、私は心からおっぱいに感謝と謝罪をし私自身が安心する事が出来ました。「いつでも降りて来られますよ」と由美子さんが言ってくれたので、部屋の電気はつけたまま、帰ってきました。

由美子さんは「たぶん篤子さんはいっつも短命なんで今回こそ長生きしてどんどん何かをたくさんしようと思ってるからじっとしていられなくて、自分を責めちゃうのかしらねw」と言ってくれました。

でも「休む時休むの。とても大事なことです。リラックスってすごく知的ですごく難しいことなのよ」と。

さて、私は何を受け取ったのか。

本人は意地とか欲とかいろんなフィルターがかかってるから、物語もセリフも理解できるけど、現実と照らし合わせると目を背けたりしたくもなるのですよ。そういう時でも、他人様はちゃんと道筋や問題点が見えているもの。側で目撃していたセラピストさんが理解を助けてくれます。ちゃんと向き合えるようになれば、自分で自分の中にいつでも入っていける様になるみたいですが、人としての修行が要りますw。

私もこういう事ってウソ臭いと思ってるし、バカバカしいと思ってしまう方ですよ。それよくわかるんだけど、体験してみるとそのウソを完全に論破できない何かがあるんです。

それがなんなのか、是非疑ってる人にはやってもらって共に語り合いたい!

私は小さい時、不思議なものが大好きでUFOを呼んだり、妖怪をおびき寄せたりお化けを調べたりするオカルト少女だったんです。目に見えない物をあんなに信じていたのに、いつの間にか目に見えるもの以外はない世界に住んでいました。

目に見えるもの、目に見えないもの、これをバランス良く感じられるような自分でいる事、それは体にも心にも大切なのですって。

来年の抱負

ブログに向き合うのも月イチになってしまった。

ガンになった6月からろくに働きもせず、子らを学校まで送った帰り2kmくらい散歩してたのも止め、もちろんジムにも行かず、ままかバーも減り、なんとたまにお昼寝するようになったりして。

幸せなこった!

まぁ刷り込まれたワーカホリックは落ち着かないわけですよ。何のために生まれてきたのかつい考えちゃう。いやその問いは20年前ガンジス川に捨ててきたはずなのに。あれ?持ちかえって来たのかな?

気が付けば、はじめて働かないで生きています。

そしてこの役立たず目は太りました。

何かしたいと思うのは、何かしないといけないと思い込んでるからなので、私はもう生きてるだけでいいと覚悟を決めたのにちょっともじっとしていられないのですよ。生産的な活動をしない修行。そうデブも修行なのよ!

ちょっとデブはホルモン剤のせいにしてこのまま流されてしまおうかとも思ったのですが、実はほとんど副作用的な症状はないのです。だるくて眠いけど、それも飲み始めの頃より慣れて来ましたし。

なのでそろそろ2016この脂肪なんとかせな。

と、言うのは右腕はリンパをだいぶ取ってしまっているので、なんか老廃物がめっちゃたまりそうなのですよね。意図的に流すようにしてあげないと右腕だけ超人ハルクみたいになると思うの。それにやっぱり体が重いのは不愉快。日本にいた時みたいに週4日で5km走ってダンス2本にヨガやって・・・なんていきなり出来ないんだけど、おばあちゃんのリハビリ的運動から徐々に筋肉を戻していこうと思っています。あえて今年最後に宣言しておこうっと。

あれ~?

いやなぜ生きてるのか?なんて問いを持たされ、働くことで自分を見出そうと仕向けられている日本人の性について書こうと思ったのに?ダイエット宣言で着陸?

今年もお世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。