小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

続・彼女と彼と彼らについて

さっき、勢いでTwitterに書いて、よそ見してる間になくなってたから、もういいやと思って1時間後に見たらポストされていた!引っ込みがつかない・・・

 

彼らについてちょっと前に書いた記事↓

たくさん読んでいただいて、温かい感想と応援もたくさん頂きました。

mamakaboss.hatenablog.com

今でも彼らは仲良しだし、楽しそうではあるけれど、最近彼Uの様子が少し変わってきて、正直残念でさみしく思っていた。私の思い通りでないから薄らムカつくのであればさほど問題ではない。さりげなく彼の様子に変わりないかと娘に問えば「別に?」というけれど、あなたがひとりで過ごす時間が増えていることや、双子の兄ひょうもなんだか彼らしくない発言を耳にしていて「ちょっと最近あんまりいい奴らと付き合ってないんだよな」と、遠くから見守っていた矢先ですよ。

 

 

※補足すると、これは我が家のお風呂のことです。なぜか誰でも好きな時にシャワーするんですが、お泊りとかお出かけ前にもなぜか皆うちでシャワーしてから出掛ける変な習慣があるのです。※君たちとはここにいる若者すべて

 

ちょっと待て自分と。

なぜ、うろたえているのか、傷ついているのか、腹が立つのか整理をしようと。

 

一番大きな気持ちは、なんだかすごく「損なわれた」感じがするね。別にここに集まる子らが天使なわけじゃないからいろいろやらかすだろうけど(屋根に足跡があったりする)それなりに自分たちでなんとかすると思っていたことだし、遠巻きながら私も場所と時間を共有する仲間の一部だと思っていたからね。いろんなカップルがそういうことを自然にしたって別に良くない?という価値観を友達同士で共有しつつ「私には言わない方がいい」ことだと分かっていても都合がいいから我が家を使っているのだということなら、クソなめんなよという気持ちでいっぱい。どいつもこいつも腹が立つ。

更に整理

「それの何が悪いのだ」、という問いに応えられるのかということ。

「親のすねをかじる身で」「責任も取れないのに」私にそういう発想は欠片もない。彼Uと付き合ってもいいと言った時に、それは私が引き受けるつもりでいたから。

子どもがセクシャルなことをして何がいけないのか、暗い部屋に籠って値付けをしながら(ひどいデザインを明日ご覧ください)私も分からないけど、私がそれをどうでもいいと思っていないということだな。私は不快だし、不快以上になにか不安だという気持ちはどこからくるかな・・・とこんこんと考えていた。ああ、それは子どもだからだなって一周したわけです。

それから、一緒に風呂に入ろうと入らなかろうとそれ自体が問題というよりも(問題だけど)彼が娘のことをどう思ってそうしているのか、が問題だよな。彼女がまだ子どもだということもセンシティブな人だということも百も承知で付き合いだしたんだろうに。それとも分かってなかったわけ?と、疑心暗鬼になってくる。最愛の人として彼女を尊重しない人のことを、私もけして尊重しない。それに尽きる。

キー!!

ってならずに話せそうなので

ひょうちゃん、モカと彼Uを呼んでちょうだい、と言った。モカとUを呼べと言う指令にお友達の方が困り顔で集まってくるwww 遅れてきて事情を知らないAli(イラン人)が、オーマミーごめんなさい、僕が今日遅れて来たせいでみんなに迷惑をかけたね・・・と謝ってきて面白いwww

私病院の診察も、学校の先生と話すのもへっぽこの英語で全然平気ですけど、ティーンエイジャーと話す時はものすごく言葉を選んでいるので、珠玉の日本語を英語に訳してもらいます。ひょうちゃんは最近の私の不安も知っているので最適です。

 

私は君たちが私の見えない所で何をしていても、君達は賢い人たちだからと信頼して放ったらかしています。私ならちょろいと思ってここでセクシャルな問題を起こすのであれば心外です。私はあなた達といい関係を築いてきたと思っているから、それが損なわれる気がするのです。モカとUが一緒にお風呂に入っているというのは・・・とここで「いやそんなことないよ!あれは冗談だったんだよ!」とモカが言った。ので、私の留飲はみるみる下がる(弱いwww)だったらよかったけど、他のカップルもよく分かっててください。まずひとつに、モカはまだ子どもです。なんでもみんなと同じ様にしたがるけれど、身体もまだ子どもです。Uはもちろん周囲も一番年下の彼女に心遣いを忘れないようにしてください。みんなも自分の2年前を思い出して。すごく子どもだったと思うでしょう?私から見たらあなた達もまだ子どもです。でUね。最近、モカとの関係に変化があったなと私は思っています。モカは淋しそうだし、私も少し距離を感じます。今日だって、どうしてモカが参加できないのにお泊り会をプランしてるの?もし君に他にも楽しい事がたくさんあるなら、モカと付き合うのはまだ早いのではないかな。

そしたら彼Uは胸に手をあてて「僕の心の深い深いところでモカが1番。ほんとうに。お泊りの計画だっていつも一番にモカを招待してる。だけど僕には友達もいっぱいいるから、彼らも大事にしたい。そこは尊重して下さい」と言った。

私が話すと「よーーー おーーーー」とどよめく若者たち

Uが話すと「おーーーーーーー」とどよめく若者たち

話の間中、ぐるぐる回ってにやにやしているモカ(その通り!と思ってる

「わかりました。とにかく【モカファースト!】で!わかったか!!」

というと手の向きは反対だけど心臓を捧げていました。

 

で、またカップルの皆さん、話は戻りますけど、セクシャルなことだけじゃなくこれは誰にも言えないなっていうことをするのに便利だからとここに集まらないで下さい。それを知った時、私の何かが損なわれるでしょう。もう誰にも来て欲しくない。それはひとつの関係が失われるということです。

わかった?

みんな真剣にウンウンって言って、行ってきます!!って出掛けて行きました。

なぜかひどく感銘を受けたようなAliが一回出て行ったのにまた戻ってきて、

マミー!おやすみなさい!マミー!と手を振っていました。

 

ということで、スッキリしました。

こういう気持ちを長く心にとどめてしまうと、嫌わなくていい人を嫌いになり、疑わなくていい人を疑い、全部監視しては悲観するようになってしまう。私は脆弱なのでそんな重い物心に持って歩けない。ので現行犯で言いました。

 

話の〆にUが「That's all?」って言ったのがまだムカついてるけど、あぁこれがオンマがカチンとくるやつだなと思って、ジャッジしないでおいてやりますw

 

 

 

 






 

 

 

 

私のHero ソミーのこと。

ひとつの死が誰にとってもその大きさや距離や、在り方が違うように、例え家族であっても、友達であっても抱くものが違うのは当たり前だ。ただ、自分にとってそれが非常に近く悲しいと、身近な人には同じ様に悲しんで欲しいと思ってしまう。だけどうっかりドラマチックに話してしまったら悲しみが汚れてしまう。私は私の悲しみを誰にも渡さなくてよいのだ。と、ひと味違った死生観と達観をもつタイの人からまた教わった。私は誰かが大切な人を失ったその時にその人の求める様に寄り添えただろうかと省みている。駆けつけてちょっといい事言ってやろうなんて、出しゃばったことはなかっただろうか。死に絡まった人たちの心情を改めて慮っている。

 

チラシを貼ってもらうために警備員の所へ行ったら「4.5日前に黄色い猫が死んだって聞いたよ」と。その場にいた私と子ども達6人くらいが凍りついた。だからだと思うけど「でもちょっと日にちが違うかも」って話を濁してくれた警備のおじさん。気を取り直して村の事務所に行って村民LINEに画像流して貰ったり、動物病院へ行ったりしたけど、やっぱりさっきの発言が気になってしょうがない。黄色い猫ってこの辺にはあまりいないのだ。凛とタイ人のベルちゃんがもう一度警備員に詳しい話聞いてそのまま現場に行ってみると言うので、我々は二手に分かれた。

最後に黄色い猫を見たその人は「君が飼い主なの?」と真っ直ぐに凛を見て尋ねて、凛がハイって言うとあぁそうなんだって「多分ほとんどこの子だと思うよ」とチラシの写真を見て言ったのだそう。通訳をしてくれたベルがその言葉を最初に受け取って、それを凛に伝える時の事を思うと本当に申し訳ないしありがたいしで苦しくなる。凛もよく受け止めた。最初に発見された時は大きな木の根に横たわっていて、でも次には道を隔てたすぐ向かいの大きな御屋敷の垣根に動かされていたらしい。そこのメーバーンさんが気づいてくれて周りの人と共に片付けてくれたのだろう。聞き込みに行ったのが子どもだけだったからか身体に損傷があったかどうかは伝えられず、ただもう息絶えていたよと。

恐らくは交通事故で、轢いた人が木の根に置いて行ったのかも知れない。その後移動させられたことについては想像が及ばないけど、ただどちらも穏やかな場所でなにか死への悼みが感じられた。動かせたという事は損傷は大きくなかったのかも知れないとか、心臓発作とかなにか急病だったのではないかとか、あの大雨にあたっていないだろうかとか、ずっと考えてしまう。ただ、その場所は我が家からほんの2ソイしか離れておらず彼のお散歩コースだった。彼は迷子ではなかった。遠くに行ってしまって困っていたらどうしようと思っていたからそれは少しホッとしたし「おりが道に迷うわけないやんけ!」ってソムが言ってる気がした。ただおっちょこちょいだぞほんとに。

いや、外飼してた私が全部悪い。何を言っても言い訳だけど、私も外を知らない子だったら室内飼いをしてたよ。ソムは男の子だし懐いてるけどまたどこかへふいっと旅に出るんじゃないかなって来た当初は思ってたんだ。意外と長くなりそうなので去勢して出入り自由にしたというのが始まり。うちの子になって3年半(たったの3年半だったのか!!)引き続き縄張りパトロールに精を出していた。人類と散歩したり、たまに縄張りを案内してくれる時にみせるキラキラした顔が可愛くてしょうがなかった。そう言えばここのところ夜のパトロールが忙しそうだった。朝帰りが増えて、名前を呼んでも近くにいないことが多かった。

ソムの最後の後ろ姿の動画や待ち受け画面ご飯のお皿、見るのも辛くて、もうなんか引越ししたい気持ちになったり、誰にも会いたくないし、だけど通訳してくれたベルんち(カフェ)のガラスに目立つように貼ってくれたチラシが私が見るより先に剥がしてくれてあって、えーなんでそんなことに気がつくんだろうって驚いてる。ほんとに感謝してる。何もかもが呑気にしてた自分に突き刺さるから、誰にもその後を話せないでいるけど、近所の人も何も聞かない。そして見ず知らずの皆さんも、みんなが少しづつこの小さな死に優しく関わってくれたこと、深く深く感謝しています。

ペットの死は子ども達にたくさんの事を学ばせてくれますよねとかクソ喰らえだなと思う。彼は私たちの学びのために生きて死んだわけじゃない。タイ人には教えられてるけど、ソムはそんなの知らないよ。それに彼は私に飼われなどしていなかった。ただ仲良しだったすごく。ソムは私がやっと気付いたので安心しただろうし、凛と一緒にお家にも帰ってきてると思います。

お気遣い心からありがとうございました。

 

彼女と彼と彼らについて

誰もがきっと「ちょっと早いよな」と思いますよね。私も正直どうしたもんかしばらくの間考えていました。13歳の娘にとって初恋となるこの出来事について。

 

うちのTwitter通称「娘m」百伽(モカ)と言います。元気いっぱいクールなお洒落さん映えのセンターって雰囲気とは裏腹にセンシティブなところがあり、というか三つ子の魂百じゃないけど2歳の頃から長く重度の人見知りで怖がりでして、今でも受け入れてくれた人がずっと好きだし、一度食べて美味しかったものを繰り返し食べるし、楽しかったことだけ何度もする冒険しないタイプ。中身は2歳の頃と変わらず、こだわりが強いおずおず屋です。2年くらい前かなぁ、私や双子に肩をポンっと触られるのもイヤで、ひとりになるのもイヤ誰かといるのもイヤ、扉が少し開いているのも怖いから閉めたいけど、閉めるなら手順があるからなどと言い出し「これはお化け問題じゃなくて自分の脳が勝手に作り出してるものだから」と、ひとり静かにシャワーで泣いたりベッドで泣いたりしながら過ごしてましてね。そんなメンドクサイ最中でも彼Uのことだけは平気だった。いつもいつまでも公園のベンチに座っておしゃべりしてクスクスと揺れるその小さな2つの背中を母はいつもキッチンから見ていました。「付き合ってんの?」ってふざけて聞いても「ノー!ベストフレンド!」と言ってましたね。大勢の中でUの隣に自然に座って肩が触れても大丈夫。転校してきた頃の彼Uはまだ半ズボン少年だったのに、突然ひょろひょろアスパラガスみたいに背が伸びて、BTSがダイナマイトで炸裂したあたりで彼の人気も大爆発。人気者なのにどうもないって態度で変わらずモカと語らい過ごしていました。少しお兄さんな彼はふっと暗い顔をして難しい気持ちを抱えて見えることもあったけれど、そんな時でもモカの顔を見ながら話している時はとろけるような柔らかい笑顔で、わぁ、これは大好きに違いないわ!って思ってましたよ。つか全部私の前で起きてるってとこがまた面白いんだけど。私が中学生くらいの頃って恋愛は秘密事で、支配欲ばかり強くて幼稚なせいで変にドロドロしてたのに、彼らの目を覆んばかりのあけすけさは爽やかです。

 

大人がいちばん気になるのはやはりセクシャルな問題です。「発表があります!わたしボーイフレンドが出来ました!誰だと思いますか!」(全員正解)の時に、もういのいちばん話しました。どこまでわかってるかアレですけどね。ただ急いで大人になることはないのよって、子どもであることもゆっくり楽しんでくださいってそれはちょっと真面目に言いました。そしたら夫タッキーもそう言っていたそうです。私は金スぺなんてやってめっちゃ開放的な親のふりしてるけど、お友達にはなかなかのツンデレな対応をしてきてそりゃもう甘い顔をしたらどんどん侵食してくるんじゃないかと戦々恐々でしたし、彼Uに対しても急接近が怖くてクールな態度にしてました。どんどん来るからね。私の口癖はもう「早い、早すぎる」ですよ。ようやくそのスピードに馴染んできていろんな話が出来るようになりました。こうなってからじゃないと言葉って届かないよなって今は思います。彼Uは毎朝モカを迎えに来て、なんなら秘密の鍵の隠し場所から鍵を出してきて家宅侵入、髪ぐちゃぐちゃで猫とゴロゴロしてる私に真っ暗いドアの隙間から挨拶して(!)娘の部屋へ行き起こし、朝ごはんを一緒に食べて登校。帰りはただいま~ってうちの子みんなと帰ってきて上がっておやつ食べてゲームしてから帰宅。時々晩ごはんまで食べていく。週末もいる。まぁほとんど家にいるわけ。「帰る意味」って私が思うころついに彼も「泊まりたい」と言ってきたんですよ。それもまた私が具合悪くて髪ぐっちゃぐちゃにして寝てる所へワンノックで直接お願いしますって言ってきた。OKちょっと考えさせてって言って15分後にLINEした。「毎日うちに来ていいし、晩ご飯も食べていいし、遅くまでゲームすることがあってもいいでしょう。でも家には帰ろう。とにかく毎日家に帰ろう。よく言って来てくれたね。私達はウソをついたり隠し事をしたりせず、いつもお互いに正直でいましょう。ありがとう」と返事しました。それから言われなくてもちゃんと帰ります。いやなんとなく伝わってくるんだけど、私の言う事が正解だってストンとしてると思う。

 

彼Uのとこもお父さんがタイと韓国行ったり来たりでお母さんのワンオペ。お母さんはバンコクで韓国料理のレストランを経営していて、あまり英語が得意じゃないらしく私とは深いコミュニケーションがとれていないんだけど、モカと付き添い双子兄の彪(ひょう)がお家にお伺いするとたくさん美味しいご飯を食べさせてくれて、日曜日にはUがお昼ご飯だよってお母さんがおかずをたくさん持たせてくれたり、彼女の温かい気持ちが伝わってきます。本当に幸せな時間です。男尊女卑はいちにを争う日韓だけど、彼Uは大変なお母さんを見ているからか、さっとお皿を下げたりテーブルを拭いたりとめちゃ気が利きます。

 

ずっと前に「日本人の友達ができると思ってなかった」と彼Uが言ってたと聞いた時の、胸の痛みをまだ覚えています。うちの子は(私の子だからな)2つの国の間にある困難についてよく知っているから、瞬時に気持ちを共有できたの本当に良かったけど、知らないと言う事は罪ではないとは言えないよねって、周りが知らな過ぎてめっちゃヒヤヒヤしたよと双子が言ってましたね。先日は双子の凛がおもむろに今改悪されようとしている入管法について話し始めどんどん話は多岐に渡り、私がやってきた在日問題(つまり日本の問題)韓日米、南北なんかの話になり、Uはとてもすてきな顔で話を聞いていて、真摯な態度で自分の意見を言っていました。日本の話はどうにも不安になりがちなので「いやいやいや大丈夫よ、みんな韓国大好きだから」の後に「なにがあっても私が必ず守るからね」って言いそうになって、いやいやいやいやそんな事言ったら余計に怖いじゃないと思って自制いたしました。しましたけど、本当に子ども達の未来の為にいい国にしなくちゃいけないよって思います。ほんっとに。

 

「なんかツインレイとこんなに早く出会ってしまうことってあるんだね」とキッチンから公園のベンチに座る2人の背中を一緒に見ていた彪がポロっと漏らして、実は私もそう思っているんだけど、でも言うとふたりがそう思い込んじゃうといけないから黙っているんだって言いました。

 

彼らは若い。若すぎるし、これから人生まだ70年くらいあるんだから、いろんな人と深く知り合ってたくさん恋もして、いろんな景色を見たらいいしそれはすごく大事な事だ、と思っています。思ってました。だけどさ、そんな大人が考える月並みな発想がどれだけ残酷かと思うのですよ。君達はいずれ飽きて離れていくけどいいさ何もかもレッスンさって?わかりますよ私も汚れた大人なので、この時間を続けていく事がどれだけ難しいかわかっています。だから娘の綺麗な手が彼の背中にある時も、彼が娘の顔を覗き込む時も、その時間が優しくて温かいほどせつない。彼らはいま懸命に何かを追いかけてる。達観した私が人生の厳しさを諭したり、責任責任と詰め寄ったりしないどこうって思っています。親として間違ってるかも知れないけど、もう私がうるさいわ大人!って思ってるwwwそしてそうは言ってもこれからきっと何度も道に迷って間違えて傷つけあってしまうんだって想像してキッチンで泣いたりしているアホwwwww

 

そう、子ども同士の「つきあう」なんて、一緒におやつ食べてるだけでしょうって、私を安心させようとして言ってくれる人もいます。私はそのたびにちょっと違うねん、この輝きをどう伝えたらいいんだろうって思うんです。そんな気持ちで撮った一枚です。

 

 

モカが恥ずかしがっちゃって全然まともな顔しないし、私もうわついちゃってファインダーにちゃんと入ってないとかとか酷かったんだけど、ダメな写真も含め、本当に今しかない美しさだなぁって思います。厳粛な清潔さの中に1mmだけの色っぽさと、真っ直ぐさがほんとうに尊い。

 

この日彼Uは16歳になりました。

彼らは前にしか進まない。

ふり返らず進め進め。

愛なんてほんとは大人も知らないの。

 

 

 

あのスカートの話

同じモノづくりをしている友人から

あのスカートは安すぎじゃないのか、という感想をいただいた。

今日から予約が始まるCHRONICLEのことだ。Funfarもだけど「手織りの綿で藍染」とくれば3万4万つけて売ってる所はいくらでもあるだろう。

 



 

正直、このスカートの卸値はとても高い。実は卸値ともいえない。デザイナーさんの言い値のまま、ほぼ小売価格のまま受け取っている。だけど、それは製作サイドが必要でそうしていることなので、私に突きつけられているのは「欲しいか、欲しくないか」だけだ。

 

タイって国は、Wholesaleという言葉が廿浦浦まで通じて、お互いに気持ちよく交渉できる国だと思ってる。水に濡れたら溶けてなくなりそうなクオリティでも、デザインがめっちゃポップで面白いなら、うんと安くして売ってみようかなぁとか、そう言うのも楽しい。でも以前から気がかりなのは、大切な技術や伝統が徐々に消えつつあることだ。生活が便利になって必要な物が変化していく事を外様がどうこう言えたことではないが、私達バイヤーがど真ん中で関わることについては、私達の希望が反映しているのだという意識がいつも必要だと思っている。ままかは20年この世界をうろうろしてるけど、その間に少数民族の刺繍糸は化繊になり、刺繍を施す布がアクリルになり、隅の方はミシン刺繍のテープになった。これは少数民族たちが自分たちの技術や文化に価値を見出す以前に、世界中の都会のバイヤーたちが量で買い叩き、根こそぎ買い漁った結果だと思っている。本物の刺繍は渋く色が沈んでミシンの針よりも一目が小さくぎっちりとしていて、おばあちゃんのおばあちゃんが作ってくれた物だったりする。これを山盛り差し出してしまい、次にお金を得ようとしたら、もっと扱いが簡単で安い素材でいっぱい作ろうという発想になるのは自然な事だ。昨日作ったような鮮やかな刺繍のものは、おばあちゃんのおばあちゃんが作ったものではない。刺繍という文化は残ったけど、これは現代のファッション。もちろん、これはこれで可愛いから私も大好きだし買いますよ。でも昔の刺繍と意味は違っちゃったってことね。山へ買いつけ行くと、私の前に手に手に刺繍を持った黒モン族がいつの間にか長蛇の列になっていて、ハイハイじゃこれはいくら、ハイハイこれはいくら、と値を付けて傍らに積んでくかっこうになる。はた目から見るとやっぱり根こそぎ持ってくように見えてるよな。だけど、私はいつも重さで買うような無礼はしまい、買い叩きはしない、なるたけ言い値で買おう!と思ってやってきた。ささやかな抵抗だけれどね。だってさ、それこそ銀座のギャラリーあたりで10cm四方の刺繍が額に飾られて3万4万で売れる世界なら、もう少し消費を控えても、彼らの伝統を守ってあげることが出来たんじゃないかなって思うんだよ。

 

さて、話はスカートに戻るけど。

ちょっと前まで、タイはコットンがデフォルトだった。何を買っても、コットンか柔らかい風合いだとレーヨン。タイパンツは昔っからレーヨン。それが最近見たらポリエステルになってたわ。そう、そうやって気づいたら、みんな乾くのが早くてアイロン不要の化繊がもてはやされるようになってた。「コットンですよ」という嘘まで出るくらい、コットンは高くて当然になって、減った。タグに100%COTTONとあってもそれは、そう言うタグを作って付けてるだけだ。そして今日も私は祈るようによいコットンを探している。いつも買ってるコットン屋さんの、ある色だけがなんか化繊っぽい・・・あぁついに、なんて思いをしょっちゅうしてる。

 

だから、実直にコットンを紡いで染めて手織りしてる人達を応援したい。

ここはまだ子育て真っ最中の若い夫婦がやってるプロジェクトみたいなとこで、デザインが斬新にして上品だし、なによりコットンの素晴らしさを広めたい、価値を高めたいという気持ちが、値段にも表れている。聞いた時「買えない!」って思った。だけど、「買いたい!」と思った。だったら高く売ればいいだけなんだけど、日本は景気が悪いしよ、買えない値段の服って楽しくないじゃない。だから、ままかにしては少し高いけど、私はあんま儲からない、けどまぁ出せて嬉しいよって思ってやってる。そんな商品です。買って下さる皆さんは、出るとこ出たら3万円よ?って思って着てくださいwww大丈夫、上手に着たら一生もんだと思います。それがコットンのいい所なんだよね~。

 

 



その年にふさわしい、よりも

たった3時間のデコセレクションですっかりくたびれて、でもうっすら興奮しながら静かな雨の夜を堪能しております。ままかに足を止めて下さった皆さんありがとうございました(⌒∇⌒)

 

今日ね、母より少しお若い女性とお洋服を手に話していたんですが

「こういうユニークな形で、こういう色味のものが大好きなんだけれど、その年なりの恰好しないといけないのよね。田舎じゃ目立ちすぎるのよね」と仰ってて、悩みに悩みついに、諦めてしまわれた。でもお似合いだったんですよ。もったいないなぁ、と思います。でね、実はこれ、どんなに若い方も仰るんです。

「バンドTシャツでお迎えに行けないので、お迎え用の服をユニクロで買っておくんです」でも、それってきっと半分くらいは現実じゃなく呪い。私だったらママ友がバンT着てきてもなんとも思わないと思うんですよ。でも、一方で私もミニスカートではお迎えに行かないだろうから、誰の心にもそれぞれ「ふわさしい、ふさわしくない」はあると思うんです。どう思われるだろう、そわそわ不安になる、居心地が悪い。無理に着るのもまた違う気がします。

 

好きな服を好きな時に着たい。でも。

 

そう思うのはおしゃれさんだからなんですよね。

私の母はいよいよGrade80ですが、みっともないとかカッコ悪いとか息を吐くように言い、場にそぐうか年齢的にふさわしいかどうかって呪いを抱きつつ、でもつねにおしゃれに深い愛と拘りを持ってきました。その母にはタイのクローゼットがあります。

 

よく、ままかの茶話会でお話しますが、国による衣類の彩度というものがあります。日本はモノクロですね。無印、ユニクロ、この辺りの物が無難。ところがタイに入国すると、屋台のおばちゃんはピンクの花柄のトップスにレオパードのスパッツ無問題。特におしゃれってわけでもなく、好きな物を好きに着ているだけです。でもそんなひとりずつが明るい太陽の下にいーっぱいいると、日本から持ってきたアースカラーやカタチが重いんですよ。だから駐妻さんたちも、空気に馴染むように日増しに明るい色のアクセサリーが増えていくんだと思います。

 

母は、フラッシーなグリーンのワンピースや、パフスリーブのブラウスなどをバンコクの我が家のクローゼットに入れています。日本で着たら目立って落ち着かないけど、私はねぇ、断然こっちの色が似あうのよ、大好きなのよと。もちろんままかで買いましたw もう観光地巡りも面倒だしどこにも行きたくないんだけど、ショッピングモールやタラートでお洋服を探すのだけは今でも大好きです。

 

多くの人が自分に本当に合う色や服をまとうことなく周りに合わせてしまい過ぎることが、私は残念に思えてならないんです。誰もが心にタイのクローゼットを持ってたらいいのに。ちょっと勇気を出して、その素敵な色のお洋服を買ってみてはどうでしょう。田舎で悪目立ちする必要はないけど、ちょっと遠くに着て行ける場所を見つけられたら・・・自分の事を誰も知らない場所へ行けたら。人生の喜びがめっちゃ増すと思う。

 

親しい人と過ごすこと、美味しいものを食べる事、それから好きな自分に自分を飾ってあげる事。それってぜんぶかけがえのない自分を大切にするってことだと思うのです。

 



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ままかが生まれ変りました。

ずいぶんずいぶん、ここに訪れていませんでした。

世間がコロナ一色だった長い時間、ままかグローバルも眠り続けました。

残念なことに、プチ留学を失い、

子ども達は長い時間と経験を奪われ、

大人達は分断し、

それでも私達はここまでやってきました。

とにかく生きてこそ。

 

これから何をしようかなぁ~と、考えながら眠り続けていたような気がしますが、私にできる事なんてそう多くはありません。

とにもかくにも、ようやく手足を動かす気になった。

そんな感じ。

これからは、あまり肩肘張らずに、思ったことをちょいちょい書いていこうと思います。またよろしくお願いします。

 

 

早速ですがwwww

 

ままかも冬眠中にいろいろが整いましてですね

バンコク、初イベントに出店です。

デコセレクションに出ますよ!!!ひーーー

デコクラフト・クリスマスエディション

ameblo.jp

 

もうさぁ。やめて欲しいんだよ。急に決まったんだよ。

私は今後を見据えて、ゆっくり環境整備をしようと思っていたんだよ。

これやるっていうから、え??って。

公式LINEつくって、ままか用のインスタ作って、急場しのぎのホームページリニューアル(トタン屋根ですよまだ)まぁでもコロナで会えなかった卸元の人達とか久々に会えて楽しかったけどね。

 

これ公式LINEな。まだなんもなってへん。

https://lin.ee/@765dhybb

 

これインスタな。

これからばばーんとリール投稿やで

 

あぁあぁぁぁしろくまやさんのガトーショコラとトムマミのお弁当予約しなくちゃなくなっちゃう。DUNSKだよ、どうしようっかなぁ・・・見たら絶対欲しくなっちゃう。iiddeeさんのタオルハンカチは一時帰国に欠かせないし、脱毛のディスカウントがすごすぎる!!!!って思いながらおしっこがまんしてる。もうひと頑張り、今日は寝ないで頑張ろう。明日カレーの会だなんて信じられない。

 

明後日、みなさんにお会いできますこと楽しみにしております!

万象お繰り合わせの上、おいでくださいませ👋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12歳女性 + 14歳男性 双子・コロナ陽性・入院隔離~その②

 

なんと、ひとまず陰性で帰宅し、2人暮らしをしていた双子が次々と発症した。

 

娘のPCR陽性が出てから3日目の夜、ひょうがATK"陰性のまま"40度近い熱を出し、翌朝、解熱してから陽性に。その日から声掛けしたり、ご飯を出したりと看病していたりんから、夜遅くに「くらくらしてねつがあるよ」となんだか淋しそうなLINEがきた。「何度なの?」と聞くと「ごめん、ねつはなかった。検査はネガティブ」と。きっと熱っぽくてふわふわしてたんだろう。「夜更かししたからだと思う」と言い残してベッドに入って、そのままLINEも電話もつながらなくなりどうやら陽性に突入した。この日から今度は一晩で回復したひょうがりんの看病にあたる。まぁ健常であっても14歳男子の2人暮らし、大変なのは想像できるけど、さらに未知のウイルスと対決している双子。ほんとうに健気だった。お母さんせつなくて泣きそう、、、なんておセンチより先に母はやや緊張して次々プランをシュミレーションしていた。

 

学校で感染が広がっていて、PCRにたどり着く前に回復している子ども達の話も聞く。そういう子達は、そのまま14日間の自宅隔離をしているらしい。もしりんが目を覚ました時に、ひょう並みに元気だったら、むしろその方が体への負担が少ないようにも思えた。いかんせん、私が彼らの顔色を直接見ることが出来ないので、簡単にその選択にも舵を切れない。とりあえず少年が2人で戦っている事実をどこかに知らせておく必要を感じて、りんが眠っているうちに校長先生と、すでに回復したお友達のおうちに連絡をしていざという時のことをお願いした。翌朝、私は看護師さんにも話を聞いてもらった。サミティベの隔離は、毎朝看護師さんが体調と不足分の備品を電話で聞いてくださるので、その時に。子どもが全員陽性で軽症な場合自宅隔離に切り替えることができるのか、または思い切って全員こちらへ来るのがよいのか。「相談しますね」と一度電話を切って、作戦会議の後、折り返しの電話で「移送しましょう」と、もはや決定事項だった。「すでに車の手配も進んでいます。お子さんの電話番号にドライバーさんが電話をしますので教えてください」すごいスピード感だった。

 

ひょうに、猫のフードフィーダーの設置、カブトムシのえさやり、植木の水やり、持ってくるもののリストなどを送り、2時間後に迎えが来ることを知らせる。家族全員でグループトークにして、ひとつひとつ質問に答えていき、あとはゆっくり自分で支度してねと切り上げた。

もうずーっと双子に猫のことと植木のことを何度も言ってるんだけど、なんだかぜんぜん刺さってる感じがない。御用をいいつかってくれたお友達が撮って送ってくれたうちの玄関先の写真に、ブーゲンビリアが偶然写っていたんだけど思わず二度見したよね。こんもりと見事だった花がひとつもついておらず、拡大して見ても木しかない。枯れっかれになっているのか・・・猫は、せめて猫だけはミイラになりませんように!

 

二人を信用してないわけじゃないけど(してない)彼らと通話を切っているうちに、私はしっかり保険を用意。お友達に猫のえさやり、ヘラスクレス(あだ名)の里帰りをお願いして、我が家が体調をくずしてからはずっと近づかないようにお休みしてもらっていたメーバーンさんを召喚。72時間のインターバルをもって、家内の現状復旧をお願いする。洗濯も食事も自分たちでやっていたけど、もちろん完ぺきではなく(むしろ仕事を増やしていることでしょう)そこを整えてもらい、冷蔵庫の中身を捨て、清掃車に合わせてゴミを出してもらい、浴室内の消毒などなどを。これでいつ帰ってもすぐにきれいな部屋に入ることが出来る。本当にこれは最高に助かるんですよ奥さん!

 

さて、病院車が到着してグループ通話を再開。りんが「立てない」と言い出し、職員さんに支えてもらってすぐに乗車。ひょうが鍵かけまでの仕上げをするところで「あ、猫のえさ忘れてた」「あ、ヘラクレス(カブトムシのあだ名)のえさ入れてない」と、恐ろしいワードが耳に入ってきた。思わず「2時間何してたの」とつぶやいたが、いやいや「慌てないで待ってもらってね。生き物のこと以外はなんとでもなるからね」と言ったところで通話からひょうが消えた。しばらくすると「ひょうちゃんトークから抜けてるよ」「あそう?」「僕のゴムは?持ってきてくれた?もー-!」なんて聞こえてきた。そしてりんも通話から消えた。

 

やぁやぁと部屋に入って来た双子。ひょうが手に持っていたのは、ランプーンで買ったお気に入りのマイマグカップと、5日前に私が「あなたはこれを使いなさいね」って渡した1枚のタオルwww 面白すぎる!!

 

まぁ本当にしつこいけど、病院車はとっても素晴らしい。「手配が大変そうね」って日本のお友達に言われたけど、いやいやどうしたらいいのか悩んでる段階から、病院車の予約と部屋の変更、保険の手続きまで3分話しただけ。電話一本よ。いつもはスクンビットから少し離れた所に住んでいるので、所用は英語タイ語ミックスでしてるんだけど、ここサミティベスクンビットは要所要所で日本語使いが現れるので、細かいニュアンスが伝わり本当に助かる!日本で子どもが入院する度に、身体も心も疲れていくのを思い出すと、ステイケーションに近い心地よさだ。人と会えない身だから病室の引っ越しすら能動的にできなくて人様任せ。病人が苦労しないシステムほんとすごい。部屋や備品が豪華で日本語が通じるのはインターナショナル病院だからだけど、ローカルの総合病院でも「病気の人は苦労しないで」という考え方は共通と思う。付き添いも「マミーマミー」ととても大事にしてもらえる。

 

さて、とても大事にしてもらえているはずのマミーだけど

これはどうでしょう。

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私まだ陰性なんだけど~これは罹れって言ってるよね~

しかも、付添人のベッドが真ん中にセットされてる。双子が赤ちゃんで入院する時は、よくふたつのベッドを連結して檻にして、私その真ん中で寝ましたけどね。なつかしいけど、これはヤバいでしょう。せめてとカーテンが引ける一番端っこを陣取ったけど、そうすると娘が付き添いのベッドになってしまう。ごめんね(変えない)

 

さぁコロナ合宿のスタートだ。

私が隠し持っていたAubonpanのチョコレートデニッシュも、マフィンも、飲み切れるか心配していた野菜ジュースも、ぱー--っとなくなり。ゴミ箱がパンパンになり、スリッパとタオルが足らない。人数の多さがすごい。

 

まぁ百伽の嬉しそうなこと。立てなかったりんもスタスタ歩いて「もう少し腹にたまらないながら口さみしい時にちょうどいいようなおやつをお願いします」とか言いに来るようになり(来ないで)ひょうはずー---っとしゃべっている。

顔が見えないって怖いね。

いまやっと不安だったんだなぁーって思えるようになった。

ついにホッとしすぎて、発症なるかな!ハハハー