小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

小さな誇り

 

春プチMarchが始まりました。

一番心配ないと思っていた姉妹が初日から苦戦しています。

タイ日ハーフで、ご両親は英語で日常生活をされているので英語耳は出来ており、お母さんいわく、受け身すぎる控えめなキャラクターがアウトプットの壁になっているのかもと。でも、それがどういう事を意味するかというと、例えば悪口や適当な取り成しなど余計な情報は入ってくるのに、言い返せないといってことでもある。モヤモヤしたセッティングとなります。英語が聞こえることはいいことだけど、もしうまくいってない場合、なかなかしんどい環境になります。

 

日本からくるほとんどのキッズは英語ができません。

学校楽しかったー!!って帰ってくるのは低学年。大きな子はなんとなく緊張溶けきらぬ顔で帰ってきます。ただ座ってればいいよって私は言いますが、大きい子にはプライドがあります。その年齢なりの経験や叡智を総動員して臨んでいるんです。臨んでしまうのです。それ自体、とてもいい経験なんだけど本人たちには知るかボケぇですわ。

 

 

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先生やお友達が言ってることがまったく理解できないのは、実は言語の問題ではないのです。これ英語が出来ても出来なくても、あんま関係ない。例えば私とラフィーザとかね、もうめっちゃ毎日テキストしてるけど、よく読み返すとこんなんでよく会話が成立してるよなと笑うレベル。毎朝会うフルーツ屋のおばちゃんとはタイ語で話してるはずだけど、自分のタイ語能力を超えてお互いのストーリーをいくつも共有していたりします。夫タッキーもオーダーくらいしかタイ語で話したがりませんが、会社からの電話には出てなんか返事をしています。老夫婦が「アレ」「コレ」だけで何言ってるかわかる世界と共通です。

半分以上が、環境に頼った理解なんですよね。知ってる人とは話が通じてしまうというミラクル。学校も同じです。知って知られる人になるまでの道のりです。

 

観察と洞察。これは緊張しているうちは発揮されにくい。3日待てと。それからルーティンが見えてきて察する事ができるようになる。察するのが苦手な子は、身振り手振りでとにかくNOを伝えられるようになる。それぞれのやり方で現状打破が始まるのです。本人たちには自覚がなくても、毎日なんらかの成果を得ています。これは、なかなかエキサイティングだし、じんわり達成感も湧きます。いい顔して帰ってくるようになるのに1~2週間かかるかも知れないけど、これは本当に尊いことです。

 

横を見て焦るようなことではなく。

有意義などという小賢しいものを求めるのでもなく。

 

知って知られる人になるまでの道のりは、立派な人になるためでも誉めてもらえるようなことでもなくて、実に過ぎていく日常の結果でしかない。

 

何回言われても分かんねぇな俺。と思ったらそれでいいのです。傷つけられた小さなプライドをちぇーっと笑って受け入れよう。だって出来ない英語や苦手な社交が無残だってそりゃしょーがないじゃない。小さなプライドが白旗をあげる頃、サッカーやろうぜってことになるんじゃないかな。だらしなくてもダメでもいいの。だらしなくてもダメでもいいってことを覚えて帰ってください。

 

君を君だって知ってくれてる人が日に日に増えたら、なんか通じるようになるんだよ。

え?それだけ?って?

そう、それだけ!