小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

子どものためのイングリッシュキャンプWow!! Japan Club

スパークルジョイクラブ X ままかグローバル

コラボのスペシャルカリキュラムでお送りします。

子どものためのイングリッシュキャンプ

WOW!JAPAN Club 

English Camp for Kids 

 

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子どももぶっ通し1日約4時間を5日間!

Wow!! Japan Clubは、日本文化や遊びを通じていろんな国の子供たちに日本のことを好きなってもらうことを目的に活動しています。海外育ちの日本人や他国籍の子供達が多く受講するこのコースに、プチ留学も乗っかっていきましょう!プチ留学の学校はイスラム系だから、南アジア(インド、パキスタン、バングラデッシュなど)アフリカの子ども達が多めですが、こちらは元気なバンコクっ子たちが主流です。タイの子ども達ともたくさん交流しましょう!日本の子ども達には親しみのあるテーマになりますので、全カリキュラム英語でも大丈夫。たくさんのゲームで体を動かして、考えるよりも感じる5日間。毎日たくさんのお土産をもらって楽しい思い出いっぱいです。

きっと英語が大好きになりますよ。

 

■キャンプ実施期間■

2019年12月23日~12月27日(平日5日間)

時間 9:30~14:00

場所 スクンビット23(Young Place 2階)

 

 丁度この前週12月20日にプチ留学が終了しています。引き続き、英語のシャワーを浴びたい!クリスマスを南国で過ごしてみたい!お母さんもう少し自由時間欲しい!そんな方にぴったりの5日間です。

 

質疑応答はツイッターで行っております。お気軽にフォローしてください。

mamakaboss@gmail.com

 

■参加者の概要

7歳~12歳のこどもたち。 

 

 ■費用■ 

☆Wow!Japan グループレッスン 

 受講料 7500バーツ

※ランチ代、資料、LINEグループサポート(ブリによる)は料金に含まれます。

※材料実費が別途1500B必要です。

 

前回のプログラム↓どう?面白そうでしょう!

Day1:Ninja
➢ Greetings
➢ Who is Ninja?
➢ Ninja Training
Day2:Manga
➢ Numbers and Colors
➢ Manga’s World
➢ Flip Book Making
Day3:Paper Planes
➢ Hiragana
➢ Japanese School Life
➢ Paper plane
Competition
Day4:Japanese Monsters
➢ Direction Words
➢ What is Yokai?
➢ Let’s make Yokai
Watch
Day5 Traditional Toys
➢ Action Words
➢ Spinning Top
➢ Summer Festival
Program is subject to change

 

 

WOW!! JAPANはスクールに直接お支払い頂きますので、参加表明だけでOKです。人数が集まりましたらLINEグループをつくりますので、そこで航空券やホテル情報のやり取りをしましょう!わたくしがお相手させて頂きます☆彡

  

お問い合わせ、お申し込みはこちら ↓

mamakaboss@gmail.com

 

ちょっと待って✋

その前週(16日~20日)は、伝説の20時間ぶっつづけアウトプット「大人のためのイングリッシュキャンプ・冬!」を開催しています!

 

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ママもパパもド真面目にストイック英語キャンプやってみたかったなら、ぜひ!お子さんをプチ留学に預けてご参加ください。

 

大人のキャンプくわしくはこちら↓

mamakaboss.hatenablog.com

 

www.facebook.com

 

 

 

やまない雨を待つよりも。

 

 

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先日、最後の親子が帰国し、過去最大級のプチ留学が幕を閉じた。企画も3年目になり夏、春、冬合わせると今回でたぶん6回目!

発熱、下痢、小競り合い、不登校、などありましたが、どれも笑顔で(半笑顔)で乗り越え、無事に終了してホッとしているところだけど

 

TLに並ぶ、嫌韓の文字に気持ちが沈む。

 

プチ留学のコンセプトは

「ここではないどこかへ」

紋切り型の社会や教育からはみ出した親子が集う。

別にはみだしっ子集まれ!って募集しているわけではない。勝手に結果がどんどんはみ出していくだけなのだ。

 

初年度は99%が放射脳だった。

放射能の話がしづらかったお母さんたちが仲間を得て一気にマジョリティーにのし上がり生き生きとバンコクを駆け回った。

その次からは放射脳とかぶって、不登校、発達障害が目立ち始める(全部のっけも少なくない)母子家庭も増えた。

 

そしてこの夏、日韓中ミックスっ子、在日っ子が合わせて3組も参加した。

 

たかだか3年だけど、この変遷を見てください。やはり日本社会の生きづらさをそのまま反映してるよなって思わずにはいられないでしょう?

  

在日18年のニューカマー中国人ママと日本人のパパ、中国育ちの韓国人パパと日本人ママ、在日100%のパパママ。帰化はしていたりしていなかったり。それぞれの家族その在り方で、アイデンティティも抱える問題も違う。

違うけど日本社会との関わりが生み出す問題が、余裕なく切実なのは、いうまでもない。

 

 

学生時代、私は社会学で(本当は芸術学科の油絵の人だけど)民族差別問題を学んでいた。差別を考えることはおもしろい。「おもしろいだとー!」と議論になったの懐かしい思い出だけども、もちろん差別は面白くない。でも差別について考えるのはおもしろい。差別をなくそうとか悪いことだということでなく、もっと人間の深い業を知るようなエモいとことか、日本という閉塞した集団が生み出すメカニズムについてのとか、そんな事からいろんなものが見えてくる。現在、移民としてタイに生きている私は、移民としての難しさも仕方なく知り、外から見てるだけでも息苦しい日本の様も、ますます分かるようになってしまった。私のアンテナが過敏に感応しているのではないはずだ。このところの分かりやすいあからさまな、無邪気にすら思える露骨なヘイトに目がしょぼしょぼする。

 

いいか、一度口から飛び出した言葉は喉に戻らない。メジャー番組のニュースで聞き苦しい言葉が飛び出れば謝罪をするが、その音はもう鼓膜に届いている。それは無意識の層となって天を覆い、やがて地上から降ってきて、きっと子らに刺さるだろう。通勤途中でヘイトスピーチに遭遇する。つり革に破廉恥な言葉が並ぶ。ネットにデマが溢れる。その風景が、あたりまえでいいもんか!と、私は憤っている。

私は言葉狩りも好きじゃないし、中身のない謝罪にも興味がない。

だけど今はそんな悠長なことを言っていられない。子ども達をこの無数の小石のような悪意から守りたい。急がないとズタボロになってしまうのではないかと焦っている。

 

誰だって、ただそこに存在しているだけの自分を否定されるような、そんな傷つき方してはいけない。

 

今回、在日ファミリーはおばあちゃんも一緒に来てくれていて(おばあちゃんと言うには若すぎるのでY子さんと呼ぶ)海の向こうを目指す娘に対する複雑な思いも話してくれた。

 

「私は奈良で産まれて、奈良で育って、奈良で結婚して、奈良で子どもを産んだのね。この世界しか知らない。とにかく、ただただ波風を立てないように、目立たないように、気を付けて生きてきた。だから、どうしてこの子はって思う笑」

娘が踏み出していきそうな、潰しのきかない人生が怖い。細かい心配ごとが山盛りのY子さん。

 

娘は、ルーツを誇りに思い日本で民族教育をしてみたいと思っていた。でも自分の今までのしんどさを思うと帰化して、子ども達をそっと日本人にしてしまった方が良いのではと揺れる。タイに来てから週替わりで悩んでいる、と笑っていたけど、タイに来てからどころではなく生まれてこの方、何度もこの辺りを行ったり来たりしているにきまっている。

もちろん、選択はどちらでもよい。正解はない。

これまで日本のルールに従ってきた。選挙権もなく自分たちの意志を日本人に預けてきた。また同じように「日本社会」に寄せていこうとすると、今まで通りの不安定さを我慢することになる。いつ情勢が変化するかわからない。ましてやいまこの国はなりふり構わず憲法まで変えようとしている。帰化すれば帰化人と呼ばれる。それでも、日本でずっと生きていくなら、帰化が妥当なのかもしれない。

私は、母親である彼女がいの一番に、このループから外れてみたらと思っている。いや、ぜひ、解放されて欲しい。誰よりも解放されて欲しい。

 「母も義理母も、同じ苦労をさせたくないと思ってくれています。自分達の苦労を惜しむことなく、私の選択を応援してくれるって。それはすごく感じています」と彼女は言っていた。お母さん達が、素晴らし過ぎる。子ども達のために必死で守ってきた小さい世界。その思いに報いるのは、「幸せになる」その一点に尽きる。

戦後70うん年、在日も3世4世となり、自分とは何かという苦しみを味わうのは、もういいんじゃないかなって思う。ましてやヘイトが嫌でも目に飛び込んでくる日常で、自分の心と、子ども達を守っていくのはしんどい。そして日本が変わるのを待っていると寿命が来る。

 

 ままかバーのレギュラーメンバーが言ってくれた大好きな言葉。

「この子たちの未来が、ほんとうに楽しみですね」と。

私たち移民一世は、まぁせいぜいこんなもん。でも私たちの子ども達は、私達よりももっと大きな翼をもって遠く遠く飛んでいけるでしょう。私達が見ることの出来なかった世界をきっと、知ることが出来る。どんな大人になるのか、ほんとうに楽しみでしかない。

それをY子さんにも言ったのよ。

「互いの家庭史上、初!ついに自分で好きな国を選んで生きる子ども達の爆誕です」って。だってそうでしょう?そこで産まれた者も、そこへ連れて来られた者も、私達の過去を彩るルーツたちは与えられた場所で懸命に生きたてくれた。繋がってくれたことには感謝しかない。それがあってこそ次の、素晴らしい世代が登場する。

自分で好きな国を選んで生きていく子ども達

Y子さんは、ちょっとびっくりしたように目を丸めてから嬉しそうに笑った。

 

  

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 子ども達は、第三国へ出て、そこから自分のルーツを見つめていい。ふたつの祖国を、悲しい感情でかき回される世の中から遠く離れた安全な場所でゆったりと眺めていい。自分というカルチャーを生きながら、もうひとつ英語というアイテムを手に入れて、ずっと好きなところで暮らせばいい。

 

この場にいたチーム東アジアが口をそろえて言っていたのは「ここはいろんな国の人がいて、とにかく楽www!」ということ。

日本を一歩出た生活は「なに人なの?ハーフなの?どことどこの?へー」という会話がごく自然に繰り返される。その解放感は半端ないはず。そもそも、長い歴史や複数の文化、ルーツをもつことが誇らしくなくてなんでしょうか。

大ままかバーの会場で、おもむろに飛び出した韓国語、中国語でのやりとりはめっさかっこよかった!子ども達はまだそれらを話すことは出来ないけれど、きっとその様子を胸に刻む。そうやって良きものとして自分たちの物語を昇華させてあげて欲しい。

 

それでね、こういう人たちが生きづらい世の中が、日本の子ども達にとっても生きやすいわけがないの。うまく人と付き合っていけず、排除されていく子ども達とどれだけ問題がかぶるか。差別はいつだって入れ替え可能なのだから。

あなたの周りにもきっと優しい人はたくさんいるけど、誰も声を出さず静かな存在で、あなたの脅威の前に立ちはだかってくれたり共に並んで戦ってはくれはしない。この国の人々は誰かを守ったり助けたりするのに、なんらかの許しが必要だと思っている。本当は誰だって自由に人を助けて、無条件に守られなくてはいけない。

理不尽に傷つけられて強くなるより、助け合って生きていく様子を目の当たりにして、自分も誰かを助けることがあたり前だと感じて、人を信じて育っていって欲しい。

そう思っています。

 

待ってますよ。

あなたの事を誰も知らない、第三の祖国で。

 

 

 

今まで誰にも話せなかったこと。

プチ留学のさなかに、朝カフェっちゅうのをやっています。

私と個別にお話ししたい事があるとか、美味しいもの食べに連れて行けとか、なにかご希望があればふさわしいカフェを選びまして基本マンツーマンです。

これはあくまでも任意です。面倒な人はスルーしてOK。

しかしこの夏は、全員が手を挙げてくださってですね、滞在28日間-土日祝日=19日しかないのに、参加家族17組とどうやって会うのかという難題。ハハ

ま、とにかく会うんですよええ。

 

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参加者全員が一堂に会し更にBKKのツイッター有名人もやってくるという「大ままかバー」や、大人気の「バンコクカレーの会」、2泊3日の「ままかツアーズ」など、夏はお楽しみが目白押しなんですが、この朝カフェが、一番よい思い出になっていますと言って頂けてるかもなって思います。

 

ままグロの使命は、いまここでないどこかを探している子に、きっかけを提供することです。それは同時に、親御さんにここではないどこかを見てもらうってことです。

こういうのあるけどどうかなぁ行きたい?って子どもに聞く人多いと思うんだけど、いくー!って言ってもヤダーって言っても、そこあまりあてにならないです。旅行に行く時って子どもに聞かないでしょ。ねえどう?って聞くのは、自分が揺れてるだけなんですよね。とにかく自分に必要だと思ったら「ねえどうする?行きたい?」なんて聞く前に、自然に行くことになっているはずです。もう親の要請だと認めてください。

でもね、多くの我慢を、静かに強いられている毎日で、情熱を鎮火させながら暮らしていると、自分がしたいことってだんだんわからなくなる。たいした欲望もない生活に慣れてしまいます。お母さんだって、お父さんだって、そうじゃないこれじゃないここじゃない!って思ってたのかも知れない。プチ留学が目に入ってグラグラきたら要注意です。本当はここじゃないどこかに行きたい・・・気が付いちゃったらとても面倒くさいことになるんです。そう「今いるここが好きじゃない」という話は、かなり角が立つんですよ。共に生きている人を傷つけるし否定することになる。放射能、避難移住、家族関係、自己実現。

朝カフェで「誰ともそんな話をしたことがなかったんです」という方がとても多い。子ども達にどっちを向かせるのか決めるのは親です。でも親も道に迷っている。迷ってない親なんていないです。子の手を引いて休まずグルグル歩き回っているのに、どこにもたどり着かない。私はそれぞれの子育てにああせえこうせえと決して言いません。私自身そこに興味はあんまないんです。私は友人のひとりとしてお茶を飲みながら、今までその人が誰にもしたことなかったという話を聞きます。なんていうかなぁ、みんな一生懸命生きててさ、誰の人生もほんとに深く愛しい。言葉にするととても陳腐なんだけどね。刺さります。誰にも遠慮せず話してくれたらいいんです。だって、私は皆さんの生活に関わることのない人間だからね。旅の途中だからこそ、いっかい荷物を下ろして整理して持ち直す。そんな感じで。

プチ留学という文字にグラグラきて、うっかり参加すると決めてしまった。もうそれだけで実はずいぶんと大きな変化なんですよ。更に、バンコクで生活をしていく中で感じられたことは、今後の考え方にとても影響していくでしょう。私と話したことなどは、大きな変化の流れの中のちょっとしたメモのようなものだろうと思います。私は遠くから来てくれた友人を労って気兼ねなく話してもらって、ちょっとすっきりした顔になってくれたら嬉しいです。これからも続く子育てと、自分探し。ほんの少しの間ですが立ち会わせていただいて、わたしこそ感謝だよっていつも思います。

そしてこの夏もいそいそと、パタナカーンから3っつの乗り物を乗り継いでスクンビットへ向かうのでした。

 

あれよ、今年から7月が我が家の子ども達の夏休みになったため、プチ留学直前にも関わらずおそらく毎年ここで一時帰国することになります。いつもならもう少しのんびり出来た各手配も大慌てです。

で、その7月は兵庫県を皮切りに、日本を周ります。皆さんにお会いする機会をたくさん作りました。福岡、東京では朝カフェもやります。

 

7月2日 兵庫県三田市 11:00~ あぜ豆食堂&プチ留学コラボ @toru_nan

7月3日 大阪南森町駅そば 12:30~ レンタルスペース

7月5日 サワディシンチャオ 11:00~ メンバーとパトロン限定

7月6日 鶴橋そば 終日 メンバーとパトロン限定

7月10日 東京新橋駅そば 朝カフェ 10:30~

7月20日 福岡プチメン会 メンバーとパトロン限定

7月21日 福岡 朝カフェ 10:30~

 

赤い所は、一般の方も参加して頂けます。タイの教育事情、バンコク移住についてなど、リクエストでお話しますが、プチ留学のお話がメインになりますので、ガイドブックを読んでから参加して頂けたら、めっちゃ盛り上がると思います。

http://www.mamaka.com/mamaglo/mamagloindex.html

 

毎日あちこちへ出掛けるので、目下体力が心配ですが、お会いする皆さんのエネルギーをちゅるちゅるちゅるちゅる吸って、生き延びてみせる。生きる!

どうか私をちゅるちゅるしないでくださいね。シワシワしちゃうから。

 

 

 

ありったけのお金で買うもの

昨日から引き続き、日本からの友人に話していたお金の話です。

 

 

平等と公平は、いくらですか?

 日本みたいになんでも値段が表示されていてほぼ定価で、チップも不要、寄付もしない習慣で暮らしていると、名前のつかないお金にはすごくモヤモヤする。値札のついた買い物は、嫌な思いもしない代わりにお金に対する主体性を失いがちだ。その名前のつかないところに金を払うと言うことにいろんな面白味や個性が隠されているというのに。金額がおかしかったらざっくばらんに「なんでこんな金額になるの?」って聞いてみたらいいんです。なんで聞けないかというと、請求に対する会話といえば「クレーム」しかイメージできないから。そんなことで事を荒立てるなんて不本意なのね。でも、こちらでは請求書を見ながら店員とあれこれ確認するのは日常茶飯事で、なにも眉間にしわをよせる必要もなく、いい感じに双方笑顔でやり遂せるのよ。確認はあくまでも確認。クレームじゃない。ちなみに英語で苦情はクレームと言わない(余計な情報)

 

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そして乗り物だけでなく、病院や学校でも、必要とあらば交渉が出来ます。最初から決められた金額を支払うことが出来れば遭遇しない事態ですし、なるべく言われたとおりに払うべきだと思います。お金があってそんなの面倒くさい人はしなくていいことですが、ただ、そうでない人は、どうしても交渉をしなくちゃならない場面が訪れるのですよ。交渉というとおこがましいですね。それは相談です。歯をセラミックに替えるのに1本17000Bなら、2本いっぺんにやるから15000Bになりませんか?など。「どうしたいのだ、いくらなら出せるのか」という話は医療の場だって膝突き合わせて話し合います。落としどこは人によって違ってもよいのです。

 

日本にいると、みんなが同じ金額を支払って同じサービスを受けられることが「平等」であり「公平」とされています。治療費のディスカウントなんて先生にする話ではないですよね。そんなのはしたないし、払えなかったら諦めるが当たり前です。一方、地獄の沙汰も金次第のタイランドでありながら、金がなくてもどうにか生きたい場合、金のことはけっこうどうにかなったりする。そもそもお金は巡るという意識やタンブンという喜捨の精神があるから、同情出来る事情があれば寄付もあっという間に集まります。とにかく金の話はみんな大好きで、共通の困りごとです。誰もが真摯に(興味本位ともいう)耳を傾けてくれる。みんなと同じ学費が払えなくても同じ教育を受けられたり、保険がなければ懐に合わせていろいろはしょって治療を受けることが出来たり。「お金ないのか、じゃどうしようか」と考える余地がある。この余地がタイランドの懐です。

「平等」や「公平」に条件を持ち出さないっていう、何気に粋な心意気。求める人が声をあげたらそれに応えれるかどうか、与えられるかどうか、どうやって切り分けたら凸凹が平らになるかという視点から生まれた「出せる人が出す、出せない人はそれなりに出す」ってことで、まぁいいか・・・というおかしなそして素晴らしい価値観。だと、私は思うのです。が・・・

「それはちょっとずるいなぁ」と友は小さい声で言いました。

いやそうなんだろうなぁ。日本人は同じ金額を出すための努力を惜しまないものね。いつも出してばかりいる人には腹立たしいしかないのかも知れない。いっかい救われる方になってみないとこの素晴らしさ、わかなんないのかもなって思う。

 

 

ありったけのお金で買うもの

うちのお手伝いさんワさんの子ども達は、うちの子ども達と同じ学校に通っています。近所に日本語ペラペラの面白い外人さんがタイ人の奥さんと美味しいぶっかけ飯屋さんやってるんだけど、ここの子も同じインターに通っている。そもそもタイは階級社会だから、単純に学費を中心に棲み分けすれば同じ場所にいることはまずあり得ない。私たち移民同士はその呪縛から離れて向き合えているとしても、タイ人には難しそう。でも多くのタイ人達がそれに不満を持っているようには見えないのです。いつもみんなフレンドリー。彼らがその環境のもたらすGoodバイブスを感じているのであれば嬉しいなぁと思います。我々移民の多くは裕福ではない。ぶっかけ飯が一皿45バーツとして、インターに行くにはどれだけ働けばいいんだろうか。プチ留学の学校もそうなんだけど「ここに通いたいんです」と言われちゃったら参ったなぁで、この子を引き受けるにはどうしたらいいんだろうって、学校は考えるんですよ。私が出会った学校がたまたまそうだったのかも知れないので断言は避けますが、困り事を正直にお話しして嫌な顔をされた事はありません。それなりの対応をしてくれます世界中の子ども達を宗教や人種にこだわることなく広く受け入れるなら、個々バックグラウンドが違うのはあたりまえです。それぞれの学校にそれぞれの考え方やサポートの仕方があるのだと思います。そしてその采配できるのは、しっかり金銭的にバックアップしてるタイ中韓の人々がいるからでしょう。それに助けられて学校への敬意を自分たち最大限の金額にしてなんとか支払ってるという家庭が少なくないのではないかな。その凹んだ部分が言及されることはなく、どの子も毎日同じ教育を受けることが出来ている。出せる人は出す、出せない人はそれなりに。お金を払えるかどうかではなく、同じ教育を授けられるかどうかにプライオリティがあるのです。でもお金を出すってことも同時にとても大事なことなんだよ。援助のある子ども達はしっかり勉強して、この子がこの学校にいてよかったなって思われるようにがんばらなくっちゃ。援助されてる子がどの子かはわからないけど、子ども達同士は貧乏だの金持ちだのお互いよく知りつつもさほど大きな事柄にとらえずともに学んでいます。

私はそういうあり方が、ずるいと思うより、すごく安心するしめちゃくちゃ誇らしく思うのです。

 

ちなみに、ワさんは学校からの紹介でうちのハウスキーピングに来てくれています。つまりお人柄は学校の保証付き。昨年マヒドン大学のピアノ科に合格したワさんの息子さんが、うちの子にピアノを教えてくれています。もぅごっつスイートなピアノを弾く人で、私はキッチンで聞きながらいつも泣いています。この前はずうずうしくもそのピアノで歌わせてもらいました。ワさん一家はミャンマーからの移民です。旦那さんは起業家で、おそらく収入のほとんどを3人の子の教育に充てているでしょう。「私には教育がないですから」ってワさんは言うけど、汗水たらして働いて、子どもの可能性にすべてを注いで願いを叶えてあげられるすごい人。それに子ども達のことをとても尊敬しているんです。この流れの中だけでも、学校を中心に移民同士が助け合って存在していることがわかるでしょう。平等に(日本的には不平等に)切り分けられた教育が、ひとりの子どもをピアニストにし、その子がうちの子に音楽の素晴らしさを分けてくれ、そのお母さんが「明日学校休みって知ってた?」って私に教えてくれる。

 

教育費をねん出するのは本当に大変です。どの子にも教育が与えられる日本をうらやましく思うこともあります。同時に、タダほど怖いものはないとも思います。

移民の一世がありったけのお金で買っているものはなにか。尊いです。

 

そんな話を友人にしました。

 

彼らは新しく家を買い、85歳までの大きなローンを抱えています。どうせ高い家賃を払わなければならないのだから、とてもいいことだと思います。

日本にいる時から不思議だったんだけど、家なんて生涯で一番高い買い物をするのに、お試しが出来ないっておかしくないですか?w

私が家を買ったときに不動産屋さんに言って大笑いされました。でもいい案だねってそういう時代は来るかもね!って。そうならないのは常識とかルールがあるからだけど、タイランドだったらそれを相談できるような気がするのです。

悪く言うと適当、よく言うとフレキシブル。地獄の沙汰も金次第でも、あなたの話は聞きましょう、と閻魔は言ってくれるように思います。

これまたそうしてくれるのは、いい人だからじゃなくて、結果、自分の得(徳)になるから!っていうのがいい。人になにも与えることが出来ない人こそが与えられるものってのがあるんです。

 

お金を払うあれこれで見えてくること。

これはタイランドの常識ではなく、私の主観です。私から見えてるタイランドのほんの一部。

 

 

私たちは騙されているのか。

 

 日本から仲良しの夫婦が遊びに来てくれた。

その時に盛り上がったお金の話。

 

かわいそうに、どこから見ても観光客の彼らはタクシーでボラれるから、騙されるのがつらくてBTSに乗るというのだ。

では、いったいいくら損失したのか、という話。

もちろん値段を交渉してくるドライバーが安い事言ってくることはないよ。でも例えば空港から400~600程度なら上乗せされてたってたかが知れてる。大事なことは、ちゃんと目的地に着けるかどうかなんだよ。自分が観光客なら、見知らぬ土地でよく目的地に着いたなって自分を誉めてあげていい。自分がきちんと立ち向かえなかったことなんか責めないで、さっさと日本円に換算して自分を許してやれと言うわたし。

「そうなんだよね、わかってるんだけど」

うん、そうかそうだよね。金額じゃなくて騙されるってこと自体が極めてショックなのだよね。ツアー先のレストランでもなんだか値段がおかしかったとか、あの時のあれはなんだったんだとかいっぱい出てくる。でもそれって全部が全部、本当に騙されてる?とも思う。言葉が通じないから解消できないモヤモヤが溜まっていってしまうけど、よくよく聞いてみると金額からして、なんか計算間違えてるだけっぽかったり。そういうのは、自分で勝手に解釈して楽になる方にしてよしなのじゃないかな。

 

定価がない世界は、高いとか安いとか、何に払うことが正解か不正解かなんて、人によって全然違うし場面を変えるだけで意味をなくす。都合のいいように考えたらいい。

 

いい人も悪い人もない。

この前、春プチのママさんが帰国で空港まで乗ったタクシーにiPhone忘れたんだよ。彼女がiPadでiPhoneを追跡すると、どうやらそのドライバーさん彼女を乗せたホテルまで戻ってくれている様子。私が電話をかけてみたらホテルのレセプションが出て「無事に届いてますよ」と証拠にiPhone抱えた悪そう~なドライバーさんの写真を送ってきてくれてた。実はそのタクシーの運ちゃん、メーターを倒さず700バーツをふっかけてきたツワモノだったんだけど、そんないっちょ儲けたろうと思うような人が悪人かというと、そんなことはない。じゃあ善人だったのか!というと、そういうことでもない。楽してうまいこと儲けたい気持ちと、困った人を助けたい気持ちは、同じ人の中にふつうに存在する。お礼をはずむつもりだったが、あいにくレセプションが電話番号を書き間違えたらしく彼に想いが届くことはなかった。あぁ

 

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※彼を探しています

 

その10バーツは、いくらなのか。

モタサイに10バーツ高いって喧嘩腰の啖呵をきる人が、300バーツのワイン何杯も飲んでチップをカッと置いてったりするんだよ。ケチで喧嘩してるんじゃないんだ。その人は誤魔化されるのが大嫌いなの。でも私はなんかその人がモタサイにガツンと言ってやったわ!って聞くたびにいやーな気持ちになるのよ。モタサイに出すお金なんて300バーツのワインからしたら、鼻くそみたいな金額じゃん。かっこいい場所で見栄を張ることには使えるのに。モトサイの10バーツなんかもういいじゃんって思っちゃうのね。でも、たぶんそこは彼女の譲れないとこなんだな。タクシーもモタサイも喧嘩の種でしかないから、ついにバイクを買ってました。バイクを買うほどの憎しみ・・・

 

金を出すに相応しい人や場所やモノや。

良い悪いではない。

本当に個性がよく見える。

 

つづく

 

小さな誇り

 

春プチMarchが始まりました。

一番心配ないと思っていた姉妹が初日から苦戦しています。

タイ日ハーフで、ご両親は英語で日常生活をされているので英語耳は出来ており、お母さんいわく、受け身すぎる控えめなキャラクターがアウトプットの壁になっているのかもと。でも、それがどういう事を意味するかというと、例えば悪口や適当な取り成しなど余計な情報は入ってくるのに、言い返せないといってことでもある。モヤモヤしたセッティングとなります。英語が聞こえることはいいことだけど、もしうまくいってない場合、なかなかしんどい環境になります。

 

日本からくるほとんどのキッズは英語ができません。

学校楽しかったー!!って帰ってくるのは低学年。大きな子はなんとなく緊張溶けきらぬ顔で帰ってきます。ただ座ってればいいよって私は言いますが、大きい子にはプライドがあります。その年齢なりの経験や叡智を総動員して臨んでいるんです。臨んでしまうのです。それ自体、とてもいい経験なんだけど本人たちには知るかボケぇですわ。

 

 

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先生やお友達が言ってることがまったく理解できないのは、実は言語の問題ではないのです。これ英語が出来ても出来なくても、あんま関係ない。例えば私とラフィーザとかね、もうめっちゃ毎日テキストしてるけど、よく読み返すとこんなんでよく会話が成立してるよなと笑うレベル。毎朝会うフルーツ屋のおばちゃんとはタイ語で話してるはずだけど、自分のタイ語能力を超えてお互いのストーリーをいくつも共有していたりします。夫タッキーもオーダーくらいしかタイ語で話したがりませんが、会社からの電話には出てなんか返事をしています。老夫婦が「アレ」「コレ」だけで何言ってるかわかる世界と共通です。

半分以上が、環境に頼った理解なんですよね。知ってる人とは話が通じてしまうというミラクル。学校も同じです。知って知られる人になるまでの道のりです。

 

観察と洞察。これは緊張しているうちは発揮されにくい。3日待てと。それからルーティンが見えてきて察する事ができるようになる。察するのが苦手な子は、身振り手振りでとにかくNOを伝えられるようになる。それぞれのやり方で現状打破が始まるのです。本人たちには自覚がなくても、毎日なんらかの成果を得ています。これは、なかなかエキサイティングだし、じんわり達成感も湧きます。いい顔して帰ってくるようになるのに1~2週間かかるかも知れないけど、これは本当に尊いことです。

 

横を見て焦るようなことではなく。

有意義などという小賢しいものを求めるのでもなく。

 

知って知られる人になるまでの道のりは、立派な人になるためでも誉めてもらえるようなことでもなくて、実に過ぎていく日常の結果でしかない。

 

何回言われても分かんねぇな俺。と思ったらそれでいいのです。傷つけられた小さなプライドをちぇーっと笑って受け入れよう。だって出来ない英語や苦手な社交が無残だってそりゃしょーがないじゃない。小さなプライドが白旗をあげる頃、サッカーやろうぜってことになるんじゃないかな。だらしなくてもダメでもいいの。だらしなくてもダメでもいいってことを覚えて帰ってください。

 

君を君だって知ってくれてる人が日に日に増えたら、なんか通じるようになるんだよ。

え?それだけ?って?

そう、それだけ!

 

 


 

 

夏がくる。

また、夏がやってきます。

こんなところに住んでいると、年中夏なのでクリスマスツリーにおおってなるくらい季節感なしなのですが、日本からやってくるプチ家族のおかげで「夏やなー!!」って思います。子どもの夏休み。10歳には10歳のたった一度の、4歳には4歳のたった一度の夏休み。子どもの夏休みはねえ、大人になったら絶対来ないの。みんなしっかり夏休めよ!

 

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さあ、今日から夏プチ2019のDMグループがスタートしまして、その瞬間からもう参加家族のおしゃべりが止まりません。かしましすぎて笑ってしまいます。

 

あつこさんは群れますよね~って言われたことがあるんですが、わかっちゃいねえなぁの一言です。まず成熟した大人の集まりを群れと呼ばないでくれ。群れの長であると見えるなら、私の傍らにいる友人に失礼だからよしてくれ。ただ自分の好きな人と好きな人を繋いだり、誰かと何かを作ったりすることはとても好きだし、円滑なコミュニケーションが成立するグループを拒絶する理由はありません。誰かと過ごすのも好きだけど群れなくても平気だしひとりも上手です。

ここに集まるお母さん、お父さんも、実は群れないタイプの人たちなんじゃないかなって思います。直感。たぶん、ちょっと変わってるねとか、クールだねとか、言われるタイプの人多いんじゃないだろうかw。群れに背を向けがちな人は怖がりです。自分に正直にしか動けないから、誰かを傷つけてしまうんじゃないか、それはつまりひどく跳ね返って結局自分が傷つくことになるのではないかという恐れだったり、はたまた表面的な付き合いと親密な付き合いとの区別がうまくつかずに、傷つく経験が多かったりとか。でもそういう経緯を踏まえて、大人になった人はいい感じです。ただそういう輩はいまだに漠然とした集合体がきつく思えるのではないかと思います。

でもプチ留学が産まれたツイッターという土壌はつねに内向きなこと、そこに「タイに住む」っていう見えないし道幅もだいぶ広い目的意識があることで、いまや大人になった皆さんは想像以上にうまくやれると思いますよ。そしてその予感があるはずです。

ぜひ、調子に乗って、おもいきり楽しんでほしい。後悔しないように慎重でいるよりも、後から反省すりゃいいやと開き直った素晴らしいみなさんです。

それぞれ変で、それがまた面白い。

 

「本当の自分」なんてわたしは信じていなくて、新しい自分を何度もデビューさせてやればいいと思っています。みんながどんな人生を送ってきたのか、垣間見られることもあると思うけれど、そんなの忘れちゃえなんて思わないとても大事だよね。でもその過剰な自己を抱えたままどんどん新しい選択をしていくことも可能です。トライアンドエラーを繰り返えし、笑いながら生きていく。自分がいっぱい許されると、人の失敗もどうでもよくなるものですタイランド。

おおらかにおおらかにやっていきましょう。

 

 そして、夏の前に春だよ・・・