小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

やまない雨を待つよりも。

 

 

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先日、最後の親子が帰国し、過去最大級のプチ留学が幕を閉じた。企画も3年目になり夏、春、冬合わせると今回でたぶん6回目!

発熱、下痢、小競り合い、不登校、などありましたが、どれも笑顔で(半笑顔)で乗り越え、無事に終了してホッとしているところだけど

 

TLに並ぶ、嫌韓の文字に気持ちが沈む。

 

プチ留学のコンセプトは

「ここではないどこかへ」

紋切り型の社会や教育からはみ出した親子が集う。

別にはみだしっ子集まれ!って募集しているわけではない。勝手に結果がどんどんはみ出していくだけなのだ。

 

初年度は99%が放射脳だった。

放射能の話がしづらかったお母さんたちが仲間を得て一気にマジョリティーにのし上がり生き生きとバンコクを駆け回った。

その次からは放射脳とかぶって、不登校、発達障害が目立ち始める(全部のっけも少なくない)母子家庭も増えた。

 

そしてこの夏、日韓中ハーフっ子、在日っ子が合わせて3組も参加した。

 

たかだか3年だけど、この変遷を見てください。やはり日本社会の生きづらさをそのまま反映してるよなって思わずにはいられないでしょう?

  

在日18年のニューカマー中国人ママと日本人のパパ、中国育ちの韓国人パパと日本人ママ、在日100%のパパママ。帰化はしていたりしていなかったり。それぞれの家族その在り方で、アイデンティティも抱える問題も違う。

違うけど日本社会との関わりが生み出す問題が、余裕なく切実なのは、いうまでもない。

 

 

学生時代、私は社会学で(本当は芸術学科の油絵の人だけど)民族差別問題を学んでいた。差別を考えることはおもしろい。「おもしろいだとー!」と議論になったの懐かしい思い出だけども、もちろん差別は面白くない。でも差別について考えるのはおもしろい。差別をなくそうとか悪いことだということでなく、もっと人間の深い業を知るようなエモいとことか、日本という閉塞した集団が生み出すメカニズムについてのとか、そんな事からいろんなものが見えてくる。現在、移民としてタイに生きている私は、移民としての難しさも仕方なく知り、外から見てるだけでも息苦しい日本の様も、ますます分かるようになってしまった。私のアンテナが過敏に感応しているのではないはずだ。このところの分かりやすいあからさまな、無邪気にすら思える露骨なヘイトに目がしょぼしょぼする。

 

いいか、一度口から飛び出した言葉は喉に戻らない。メジャー番組のニュースで聞き苦しい言葉が飛び出れば謝罪をするが、その音はもう鼓膜に届いている。それは無意識の層となって天を覆い、やがて地上から降ってきて、きっと子らに刺さるだろう。通勤途中でヘイトスピーチに遭遇する。つり革に破廉恥な言葉が並ぶ。ネットにデマが溢れる。その風景が、あたりまえでいいもんか!と、私は憤っている。

私は言葉狩りも好きじゃないし、中身のない謝罪にも興味がない。

だけど今はそんな悠長なことを言っていられない。子ども達をこの無数の小石のような悪意から守りたい。急がないとズタボロになってしまうのではないかと焦っている。

 

誰だって、ただそこに存在しているだけの自分を否定されるような、そんな傷つき方してはいけない。

 

今回、在日ファミリーはおばあちゃんも一緒に来てくれていて(おばあちゃんと言うには若すぎるのでY子さんと呼ぶ)海の向こうを目指す娘に対する複雑な思いも話してくれた。

 

「私は奈良で産まれて、奈良で育って、奈良で結婚して、奈良で子どもを産んだのね。この世界しか知らない。とにかく、ただただ波風を立てないように、目立たないように、気を付けて生きてきた。だから、どうしてこの子はって思う笑」

娘が踏み出していきそうな、潰しのきかない人生が怖い。細かい心配ごとが山盛りのY子さん。

 

娘は、ルーツを誇りに思い日本で民族教育をしてみたいと思っていた。でも自分の今までのしんどさを思うと帰化して、子ども達をそっと日本人にしてしまった方が良いのではと揺れる。タイに来てから週替わりで悩んでいる、と笑っていたけど、タイに来てからどころではなく生まれてこの方、何度もこの辺りを行ったり来たりしているにきまっている。

もちろん、選択はどちらでもよい。正解はない。

これまで日本のルールに従ってきた。選挙権もなく自分たちの意志を日本人に預けてきた。また同じように「日本社会」に寄せていこうとすると、今まで通りの不安定さを我慢することになる。いつ情勢が変化するかわからない。ましてやいまこの国はなりふり構わず憲法まで変えようとしている。帰化すれば帰化人と呼ばれる。それでも、日本でずっと生きていくなら、帰化が妥当なのかもしれない。

私は、母親である彼女がいの一番に、このループから外れてみたらと思っている。いや、ぜひ、解放されて欲しい。誰よりも解放されて欲しい。

 「母も義理母も、同じ苦労をさせたくないと思ってくれています。自分達の苦労を惜しむことなく、私の選択を応援してくれるって。それはすごく感じています」と彼女は言っていた。お母さん達が、素晴らし過ぎる。子ども達のために必死で守ってきた小さい世界。その思いに報いるのは、「幸せになる」その一点に尽きる。

戦後70うん年、在日も3世4世となり、自分とは何かという苦しみを味わうのは、もういいんじゃないかなって思う。ましてやヘイトが嫌でも目に飛び込んでくる日常で、自分の心と、子ども達を守っていくのはしんどい。そして日本が変わるのを待っていると寿命が来る。

 

 ままかバーのレギュラーメンバーが言ってくれた大好きな言葉。

「この子たちの未来が、ほんとうに楽しみですね」と。

私たち移民一世は、まぁせいぜいこんなもん。でも私たちの子ども達は、私達よりももっと大きな翼をもって遠く遠く飛んでいけるでしょう。私達が見ることの出来なかった世界をきっと、知ることが出来る。どんな大人になるのか、ほんとうに楽しみでしかない。

それをY子さんにも言ったのよ。

「互いの家庭史上、初!ついに自分で好きな国を選んで生きる子ども達の爆誕です」って。だってそうでしょう?そこで産まれた者も、そこへ連れて来られた者も、私達の過去を彩るルーツたちは与えられた場所で懸命に生きたてくれた。繋がってくれたことには感謝しかない。それがあってこそ次の、素晴らしい世代が登場する。

自分で好きな国を選んで生きていく子ども達

Y子さんは、ちょっとびっくりしたように目を丸めてから嬉しそうに笑った。

 

  

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 子ども達は、第三国へ出て、そこから自分のルーツを見つめていい。ふたつの祖国を、悲しい感情でかき回される世の中から遠く離れた安全な場所でゆったりと眺めていい。自分というカルチャーを生きながら、もうひとつ英語というアイテムを手に入れて、ずっと好きなところで暮らせばいい。

 

この場にいたチーム東アジアが口をそろえて言っていたのは「ここはいろんな国の人がいて、とにかく楽www!」ということ。

日本を一歩出た生活は「なに人なの?ハーフなの?どことどこの?へー」という会話がごく自然に繰り返される。その解放感は半端ないはず。そもそも、長い歴史や複数の文化、ルーツをもつことが誇らしくなくてなんでしょうか。

大ままかバーの会場で、おもむろに飛び出した韓国語、中国語でのやりとりはめっさかっこよかった!子ども達はまだそれらを話すことは出来ないけれど、きっとその様子を胸に刻む。そうやって良きものとして自分たちの物語を昇華させてあげて欲しい。

 

それでね、こういう人たちが生きづらい世の中が、日本の子ども達にとっても生きやすいわけがないの。うまく人と付き合っていけず、排除されていく子ども達とどれだけ問題がかぶるか。差別はいつだって入れ替え可能なのだから。

あなたの周りにもきっと優しい人はたくさんいるけど、誰も声を出さず静かな存在で、あなたの脅威の前に立ちはだかってくれたり共に並んで戦ってはくれはしない。この国の人々は誰かを守ったり助けたりするのに、なんらかの許しが必要だと思っている。本当は誰だって自由に人を助けて、無条件に守られなくてはいけない。

理不尽に傷つけられて強くなるより、助け合って生きていく様子を目の当たりにして、自分も誰かを助けることがあたり前だと感じて、人を信じて育っていって欲しい。

そう思っています。

 

待ってますよ。

あなたの事を誰も知らない、第三の祖国で。