小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

あけましておめでとうございます。

チェンマイの続きを残したまま年を越してしまい、学校もなかなか始まらないしで今に至る。遅い新年のご挨拶となりました。

明日にでもチェンマイの続きを書きたい。

今日書くつもりでパソコン開けたのに明日やろうはばかやろうです。

今年もよろしくお願いします。

と、

一回筆を置きましたが、戻ってきましたwww
まだもうちょっと書きます。

内緒ですけどアラフィフなんですよね~まぁまだ前倒しの方にいますけど、その50を前にしてこんなことでモヤモヤするなんて若い時は思いもしなかった。「大きくなったらなにになる?」を引きずったまま生きている48歳の冬です。少し若い時と自己実現のイメージはだいぶ変わったかも知れません。最早それで食べなくてもいいとさえ思っている。だけど魂が大きく膨らむ様な喜びで満ち満ちる世界を作りだしたいと言う思いはある。別にそれには何者かにならなくても良いのだと思うし、何者かになろうとすれば何者にもなれないようにも思う。「ただ生きているだけで幸せ」と崇高な志は概念として定着しているけれど、相変わらず残りの人生をどう過ごしていくのか、どう死んだらいいのかということを考える癖が止まらない。好きな事を好きなだけケチケチせずにやればいいのはわかっているけど、もうあんまり先も長くないからいろいろは出来ないしなとかね。
歌いたいと思っているし、書きたいとも思っているが、なんだかこれこれこういう感じ!っというのがピタッと来ない。ピタッとこないようにしてるのかも。自然な流れと言うのが来ないものかなと思ってはいる。カズレーザーが言ってたよね。「人間どうせ幸せになるのよ。ハッピーエンドに決まってるのになんでそんなにバッドエンドにしたがるの?幸せの前提があるから不幸を見つけるのが出来るんであって、見つけなきゃいい。目をそらす努力!」「みんな人生なんて成り行きでしょ。皆後から後から成り行きに理由を付けているだけでよく考えたら成り行きで動いてるからね。自分の意志ひとつで変わるもんじゃないでしょ」坂爪君にもいろいろ教わるけどカズレーザーにも感心させられる。あれ?弱ってるのわたし?イヤイヤイヤあれあれあれあれ?実際は子どももまだ小さくて、そんなに大股で何かできるでもないんです。それに何より私は子どもと夫とイチャイチャ暮らしてる今の日常をこよなく愛しているので、わざわざなんかすんのもまるでバッドエンド目指してるような気もするじゃん。

だから今年はいい成り行きがあればいいなと思います。まぁかなり頑固に成りゆかないですよ。誘われても「行かない」って言うが八割ですが、何か面白い企画があったら誘って下さい。自分からは何もしませんが、いい感じの待ち姿勢で生きてみようっと思います。

改めて、今年もよろしくお願いします。