小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

二度目のオペ終わりました。

で、リンパを切る前にですね、やはり知りたいことがどんどん出てきて「先生にオペ前に会いたいんだけど」とナスに申し出ると、当たり前のように「無理。先生忙しいから質問なら私が電話で聞いたのを教えてあげる。会うのは無理」とこうだ。

もうね、有名だかなんだかなのでナスがビビッちゃってまともに対応しない。

近いのをいいことに日参して懇願し、一番感じのいいナスを捕まえて「なんとか5分!」と予約を取りつけた。

どうして患者がこんな努力を・・・

しかし相変わらずのじいさん。陽気な顔で入ってくるなり「なに!?も~~~なんだって?」と目は笑ってるけど早く早くって感じでイラついてる。「先生、生検の検査結果を自分で調べて読んでみたんですけど、これで合ってますか?」と聞いただけなのに「あのねえ、これはものすごい信頼できる機関に依頼してるの。間違いなんかないの!」と「違う違う!これが間違ってるのではないか?ではなくて、これを私が正しく理解出来てるのか?っていう・・・」「なんでそんなこと知りたいの?知ってどうするの?知るべきことは、全部言ってきたでしょ?」と、デスクに鉛筆をポイッと放った、かのように通訳さんに鉛筆を投げた。そう、この会話には通訳さんが「半分」挟まってるんだけど、いや半分ってのは先生のスピードと怒りパワーがすごくビビりあがっている通訳さんが、まったく噛み合わなくてつい私が通訳さんを介さず返事してしまうとオロオロの通訳さんが引っ込んでしまい「あれ?」っと振り返ると目が飛んじゃってるので(´Д`) 「先生、私には小さな子どもが3人いるんですよ。なので出来るだけ今後の治療予定を理解しておきたいだけなのです」と、言うと通訳さんは「I want to know plan」って言った( ゚д゚ )

おいおいおいおいはしょりすぎだろうが!で、自分で言い直すという・・・

頑張った。通訳さんも私も。でもなにひとつ新しい情報は得られず、自分の希望も伝わったとは思えませんでした。

「お役に立てず申し訳ありませんでした」と頭を垂れる通訳さんの自覚症状に軽い衝撃。しかし「カルテを見たら入院が2日間ということは記載されていましたのでご安心ください」とちょっと朗報も。

今回2日入院すれば日本から保険で母が呼べるんす。緊急救援費用というね。これを使うと退院後の私と子ども達はすごく安心。

で、もうままよの気分でオペ当日。通訳さんは頼まず自分で保険の用紙を用意して病棟のナスに渡し、前回「ご飯何にしますか?」ってオペ直後の震える小鹿状態の私に何度も電話をかけてくる食堂に前もって翌日の希望メニューを書き出してこれもナスに渡し、お風呂に入って準備完了。ヒマ・・・と思う間もなく予定より早くじいさんが到着したのであっという間にオペ室へ隔離された。

先にオペ室にいるはずのじいさんがいない。前回は眠る前に手を振ってくれたけど、今回なかなか入ってこない。まさかお弟子がメスを握るんじゃないだろうな!と恐怖を感じるやいなや麻酔でコトンと落ちて、目が覚めたら脇の下がガンガン痛かった。痛いイタイイタイ痛いい~~~たいと言う私に、どのくらい痛いか段階表【】←こんなの、持って来た面倒くさそうなタイ人。後ろから2番目位の選んだら「おっ」と言いながら点滴のスピードを上げた。ら、またちょっと馬鹿になってそのまま病室へ帰ってきた。ベッドへ移される私にホルマリン漬けの崩れた梅干を「これ!」と得意そうに掲げるのでハイハイともう朦朧に任せて今日はカメラ取り出さず眠ってしまった。遠くが見えるような浅い眠りの中、よし食堂から電話かかってこないな、よしよし、、ふふふ。と、ふと、目覚めるとピンクのハートのクッションを抱えた天使?いえきれいなおばあちゃんが枕元に立っていた。実は前回も二人、朦朧としている私に「こんばんは。どうですか?ご気分は。私達、乳がんの方へ、サポートをしているボランティアです。私達も乳がんです」と枕元に天使が立ったのだ。しかし前回私はまだ癌確定してなかったのだよ!「せんせ~~い、誰か私に告知しちゃってますけど~~~まだ内緒のはずっすよね~~~」と心で叫びつつ「ワタシニハ、3人のオサナイ子どもが、イテ、ワタシハ、シヌわけニハ、マイリマセン、ゴホゴホッゴホゴホ」ってやって泣かしてやったわ。で、今日も来て下さりまた新しいハートのクッションをくれた。うちは子が3人だからもう1個どうにか入手せねば・・・。そこへ仕事を終えた旦那が顔を出すと、天使は帰って行きました。「あれ。新しいの貰ったの。今2個か。じゃぁあともう1個貰わないとね」せんせ~~~再発を予言してる人がいますよ~~~

翌朝から予想通り、というかなんというかメニューを出しておいたにも関わらず「ご飯何にしますか」コールが食堂から掛かってくるようになり、ナスに頼んでおいた保険会社指定の診断書は空欄のまま「いつものでいいかなと思った」と訳のわからない理由で返されて来て、オペ翌日から飲むはずの薬が届かず「飲むものあるよね?」と聞くと「あれは家に持って帰るやつだから」と、そりゃ持っても帰るけど今朝から飲んでなくちゃだめじゃないの???と思いつつ夕飯が終わり部屋でくつろいでいると「なんで帰らないんだ!」と進行役とナスが部屋へ踏み込んでくるという騒ぎに。2日入院が病棟に知らされていなかったのですた。

だからねぇ、わたしは自分の癌のことだけ考えていたいんだけどねぇ・・・

ハー!やだやだ。

「リンパはどのくらい切るんですか?」の問いにも「開けてみなくちゃわからないでしょ!ちょびーっとだよちょびーっと!」と、言って逃げ切ったじいさん。全然ちょびっとな気がしない痛みが今でも続いている。貰ったリポートには切除リンパ15個とあった。げげげ結構切ってるやんけ!これは~~痛いぞ。じいさんが「どんなに友達にエクササイズを勧められても絶対にやらないこと。歯ブラシしてもご飯を食べてもドライブしてもいい」とかわいくドライブのゼスチャ。「でもエクササイズはしないでね」と言われていたから必死で自分を大事にしておりましたところ、セカンドオピニオンで「???1週間経ってこれしか動かないの????」と問い詰められ「う~~~ん動かさなすぎて癒着してますよ」って( ゚д゚ )

慌てて動かしまくっております。でも、これはなかなか長い道のりになりそう。

シャワーの水滴が流れても痛い。二の腕の裏の皮膚が知覚過敏状態になっているのです。

じいさんに言っても「一ヶ月待つ!痛み止め出すから!」って

日本人はねぇ、どうしてこうなっているのか、どうすべきなのかを的確に知りたいのですよ・・・

彼と私のコミュニケーション問題は続く・・・・

そう!お陰さまでリンパに転移はありませんでした!15個も(無駄に)取ったリンパからは検出されず

よかったよかった!素直に嬉しい!

しか~し、私にとってもいっこ要の問題。

抗がん剤の使用をどうするかまたビミョーな所で再検査です。

HER2と言う値が陰性か陽性かはっきりしない。

これが陰性なら抗がん剤を使っても無意味なタイプの癌になれるのですがねぇ・・・

ちなみに放射線治療は絶対やります!

出会った時から、とにかく放射線や化学療法はやりたくないと私は言っていたのに「切ってから開けてから見てから」と言い包められ。でも今なら解っています。そう温存と放射線はセットなのです。いや何しろ超特急で来てしまったので、終わってから解ること多々。あーそういうこと。みたいな。こういう不意打ちの進行、日本だったら大問題だと思うんだけど、お医者様様の階級社会タイランドでは普通なんですよね。インフォームドコンセントがん無視。黙って俺について来い!ですわな。

だからと言って、放射線を拒否するべく全摘を選んでいたら、その痛みに耐えられたかどうか・・・

二度切ったとは言え、私はまだ最低限の傷しか負っていないのに、腕の自由を奪われたこの喪失感。

まだ諦めず自分でリハビリするけれど、どうにもならない部分は色濃く残りそうです。

乳がん闘病で訪れて下さった同志の為に、私のデータを晒しておきます。

★2015年7月 浸潤性乳管がん

乳房温存部分摘出後、リンパ郭清(エリア不明、リンパ15個採取)

センチネル生検なし

腫瘍サイズ 1.5cm 

エストロゲンレセプター 陽性(90%)

プロゲストロンレセプター 陽性(90%)

Ki67 20%

p53 陰性

HER2 +2

リンパ転移なし

ビミョーなKi67とHER2 www

わ~~~抗がん剤やりたくない~~!!!

HER2の検査結果はまた2週間後です。

その前に明後日から不自由な腕でクラビへバケーショーン!

ε=ε=ヽ( ゚Д゚)ノ 逝ッテキマース