小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

レバノンからの便り。愛と赦し。

彼女は、わたし好みの夫と2歳になる小さな男の子と共に旅をしていた。

メキシコシティのドミトリー。

オーナーはメキシコ人なのだが多忙でケアが行き届かない。そこでいつも宿泊客の中から管理人を募っていた。

給料は出ないが宿泊料が大幅にディスカウントされるという事で、長旅の彼らが管理人をかってでた。

若いバックパッカー、革命を夢見た老いたゲバラ、行き先を見失った教師、逃走中と思われし家族・・・

それぞれの想いを抱えて短い時間を過ごしていた。

穏かで優しい時間。

あれから12年。

その夫は彼女の傍らにはもういない。そして、あの子はこの世にもういない。

知らせを受けた時の衝撃を、胸がえぐられる思いを、今でもそのまま思い出す。

私の小さな旅仲間。くたびれた大人たちの気だるさを断ち切った風のような笑い声。

スペイン語で欲しがった豆乳「そいれーちぇー」

ちょっとだけ入ったコップをおっとっとと持つ小さな手、背中、ほっぺた。

私はその事故がどんなものであったのかをネットで知ってしまった。

だから彼女に「いったいどうして?」とか、そんな残酷で白々しい質問は出来ず、

しかし知っているとも言えず、核心に触れられないお悔やみの手紙とお仏前のお菓子を送ったのだったが

ただただもどかしく、この時ほど自分がもっともっとおばあちゃんくらい年寄りで人生経験が豊富で大きくて

黙って彼女を抱いてあげられたらと、思った事はなかった。

彼女はその時2人目の赤ちゃんを産んだばかりで、人生最大の悲しみの中にありながらその自分から溢れ出る悲しみから眩しい命を守らなくてはならなかった。

直ちにしっかりなくてはならないなんて、無茶な試練に臨んでいたのだ。

私は祈っていた。しかし彼女から遠かった。彼女の血が噴き出すような悲しみに怖くて触れられない。

小さな彼を失った世界を直視することが出来ない。つもり、なにもしてあげられなかった。

その後も彼女の波動は時折近づいたりまた遠ざかったりしながら交信が絶えることはなかった。

ほんとにたまに、びっくりするようなタイミングでフツーに明るい声で電話が掛かってくる。

彼女は、いま新しい家族と共にレバノンに暮らしている。

あの時彼女が抱いていた次男はもう10歳になり、新しいパートナーとの間にかわいい女の子が誕生した。

幸せいっぱい。

しかし、彼女が暮らすのはナハル・アル・バレッドはレバノンの北にあるパレスチナ人居住区。

ISISの拠点とされるシリア、子ども達にたくさんの爆弾が降ったガザ、ヨルダン、イスラエルに囲まれている。

イスラエル人とパレスチナ人の確執、そしてキャンプの中での閉ざされた生活。

目に見えない放射能から逃げるほど臆病な私は、そんなの気が気じゃない。

しかし冒険家の彼女は、なんとその地で息子の名を冠したカフェを経営している。連日満員御礼だ。

彼女は「遊びにおいでー」と笑う。

ある人がFacebookで彼女に問いかけた。

「いまどこにいるの?日本では人質事件以降、中東に大きな関心が集まっているよ。」

最近LINEで彼女と話したばかりだったが、そこへ人質事件が挟まったので私も気にしていた。

注意深くその返事を待った。

レバノンからのメッセージ

レバノンにもISISはもちろんいるので 私たち在住日本人は慎重にならざるを得ないところ。

こういう形で 中東が注目されたのは残念だけど、完全に欧米よりの日本が

今 目を見開いて この事件の背後に隠された本当のシナリオを理解するのは大事なこと。

そして ISISのせいで健全なイスラム教徒に対する差別と弾圧が高まる中で

真の兄弟愛や世界平和について 長い間戦争をしていない日本人が発信出来る事は たくさんあると思う。

私も勉強中で 大手のメディアの偏った報道を鵜呑みにせず 実際シリア難民がアサドをどう思っているのか

ハマスなどのパレスチナ過激派が実際どんな活動をしているかなど 地元の人の話に耳を傾けるようにしているよ。

これから日本は 欧米に従って戦争ビジネスへの道を歩むのではなく バビロンシステムの破壊を率先する

サンライズの国として 輝いて欲しいな

中東あたりでISISはダァーシュと呼ばれていて レバノンは主に山岳地帯に潜伏しているの

レバノン兵士を捕まえてyou tube上で公開処刑したり 町に降りて来て自爆テロを起こしたり

その脅威を見せつけようとしてるけど なかなかレバノン軍も強く簡単に国取りはさせないでしょうね

私が住んでいるのは 一番北のシリアに近いパレスチナ人居住区

http://ja.m.wikipedia.org/wiki/ナハル・アル=バーリド

2007年に 極少数のファタハイスラムが潜伏している理由で 国軍に攻撃されほぼ全壊したの

現在も復興途中で 全てのゲートを軍がコントロールしている為 中の生活は安全なのだけど

昨年11月に ダァーシュがゲートの兵士を襲撃、丸一日 銃撃戦の音と夜間の空爆の明かりがすごかったなー

そんな中 人々は家にこもってアラブコーヒーと水パイプを口にしながら苦笑い 馴れてるのねー余裕だわ

という訳で 暮らしは順調です!笑 元気でやっているよ^o^

想定外にどんどん人生がレア化してくのに 葛藤感じるけどね〜

ナハルって難民キャンプじゃん?!

ゲートまで敵きてるなら、地上戦と同じ状況だよ...元気ならいいけどー、レア過ぎだってw

「イスラム国」戦闘員(ダァーシュ)が、レバノン国内にその支配エリアを伸ばそうとしてるんだ。

つまりイスラエル・アメリカ、国家、宗派、民族など対立構造が複雑に絡み合ってて、その中で、今最も大きくて深刻なのが、イスラム過激派(ISIS・イスラム国)対(健全な)イスラム穏健派ってことかな。

ということは、イスラム国(ISIS)を攻撃するアメリカに対しては、穏健派の反米感情は和らいでるのかな?(むしろ親米とか)日本人人質殺害事件のきっかけとなった、ヨルダンへの2億ドルの支援は歓迎されてる?(日本が対テロ有志連合に加わったこと)アメリカはNOだけど、今は対過激派のためにしょうがない、みたいな。

疑問ばっかですまん...とにかくテレビもネットも画面の向こう側でしかないんだよ。したり顔で語る人はたくさんいるけど、そこに生身の人間がいることが欠落してるみたい。

そもそもISISを陰でサポートしているのがアメリカだと考えられているから

テロ攻撃という名目の茶番劇には飽き飽きしているのが現状

リビアの英雄カダフィを殺し シリアに軍事介入して更に混乱を招かせ

今度は日本まで参加させて なんとしてもアラブをコントロールしたいアメリカは

全世界の悪の根源と言われているよ 笑

きたよwやっぱりだなあ。反米感情は根強いね。

でもメディアを観察してると、先の疑問のようなことが湧いてくるんだ。いやかなりの大多数が、

アラブの安定のためにも自衛隊を派遣すべしってね...おかしいと気づいてる人も少なくないけど、

現政権は圧倒的な支持でそれを進めるだろうね。

カフェやってんだ!ナハルの人はどうやって生計を立ててるの?支援とか?外国人はいる?

サイトのチラ見だけど、荒れてたね...レバノン人も好意的ではなさそうだ。

主にUNRWAが復興支援をしていてるけど かなり予算が足りず 3000近いファミリーが

未だに仮住まい状態。キャンプ内では 色々な許可や税金が一切免除なので お金さえあれば

私達みたいに自営が出来る 店はオールジャンルあるよ。

でも一般労働者は 凄い数のシリアからのパレスチナ難民(Wの難民だよね)が流入して

安い賃金で働きだした為 かなり厳しい状態

日本人はもちろん私しかいない ロシア人の医者は数人いる

パレスチナ人に友好的なレバノン人は少ないよ はっきり言って自分達の国から出て行って欲しいのが本音

政府はさんざんキャンプを破壊して その後の復興支援は全くしていない状態

今の日本が平和あとこれだけは聞いておきたい。

そこから今の日本はどう見える?

平和のために発信できるはずだってあったけど、それは可能かな?

今の日本が平和のために発信出来る事。。。私が考えているのはこんなこと。。。

ここレバノンは イスラエルとの戦争が終結していないので アラブ諸国の中でも完全に反米より

よく聞かれるのは アメリカが長崎と広島に原爆を落としたのに どうして日本は親米なのかと

政治的な理由や 歳月の流れや 洗脳や 色々理由はあると思うけど、

結局私は 日本の赦しの心なのではと思うんだ

ダライラマの言葉で ”中国を憎む私の心を憎む”というのがあるけど、ガンジーの非暴力主義だったり

そういう気質が日本人にもあって 共感しやすいと思うんだ

だからと言って 安部総理が ”isisを憎む私の心を憎む”とは言わないだろうけどね 苦笑

パレスチナ難民のイスラエルに対する憎しみというのは 計り知れない

それでも最終的に赦しが体現する日が来るのだろうか?とよく考える

そんな話を連れ合いにすると ”じゃあ 誰かが突然家に入ってきて 家族を殺されて家もとられて

自分はさまよってよその家に嫌がられても入れてもらって そこの裏庭でずっと理不尽な人生を

強いられる、そしたらどうする?”

私の長男が事故で亡くなって 今年で10年、事故を起こした当本人たちとかなり距離が離れたが

保障はまだ終わっていない 私は彼らを赦したのだろうか 赦したいという気持ちは確かにある 

”彼らを憎む私の心を憎む”とも言える 今はそれで十分だ

話をもとに戻そう 私はアラブのごく一部しか知らないけど理不尽な権力には絶対に屈せず戦い抜く

という気質が普通であると思う 負けるが勝ちなどなく 負けたら終わり

私はそこから日本が学ぶべきこともたくさんあると思う 夢のようなテクノロジーを開発する国で

年間2万人が自殺するのは理解不能だとアラブ人は言う ここでは戦いのために意味を成す自爆を

する人は後を絶たない

中東に注目するチャンスを与えられた日本は 馴染みの欧米ではなく

まったく違うものをこれから見たり聞いたりするんじゃないかな

日本在住のアラブ人たち、アラブ料理のお店、イスラエリーもいればレバニーズもいる

身近にそんな入り口があるかもしれない

そこで生まれる違いを 認めて 受け入れて 日本人なりに理解して反応する

日本の誇りである愛と赦しの心を持って 

なーんて 私の日常生活でそんなうまいこと実現しないけどね

毎日が家庭内戦争 爆

とりあえず 私の伝えられることを表にする機会が与えられたことに 感謝☆

                                          聞き手 北岡氏

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彼女がパレスチナ人に寄り添って暮らせるのは、たくさんの旅を通して養った広い視野、

聡明で誰にでも受け入れられる柔らかな笑顔があったから。そして大事なものを失っていたから。

文中にあの子の話が出てくる。胸を押さえながら読んだ。

年月は彼女にそれを語れるだけのしなやな強さを用意した。あの過去が必要だったとは思わない。

しかし今彼女がそこに立つのはその痛みがあったからに違いない。

あの子は彼女の中に命の尊さと儚さを記し、同時に生きる意味は肉体のみにあらずと教えた。

あの子は母と繋がりなお生きている。母の中で我が子が死ぬことはないのです。

「愛と赦し」を持って。

そんな彼女だから言える言葉。

そこへ来て私は少し反論?いえ感想を述べました。

○ちゃんの思いはそのままイスラム教、いえそれのみならず、

仏教やヒンドゥーにも通じる崇高な教えのコアであるように思います。

ここタイにいても社会や人々の体の中にそれがあるように感じられる。

ただ残念なことに、意図的に日本を捨てた私からすれば、日本のその愛と赦しは・・・

日本がそこから一番遠くにいるように思える。赦すもなにも、何にも怒っていない。

何が起きても喪失感ひとつない。そもそも大事なものがない。

2万人もの自殺者を減らす事無くゆっくりと流れていく時間。

世界屈指のインフラの中で快適な子育てが出来ない不健全な社会。

大切な友人や家族が住む私の故郷だから、○ちゃんの言うような美しい魂を

ずっと感じられる国でいて欲しい。

だけど本当に今は残念なことが多くて。

今は日本から自分の子ども達を守る事が私のミッションになっています。

私の中に「愛と赦し」を探すとしたらどうだろう。

積み上げたものも大事なものもほとんど捨ててここへ来て、こうして生きているってことを何かのせいにしない事だろうか。このまま日本は平和で、病気や死者が増えることなく、戦争に行くこともなく、経済も回復して、馬鹿だな日本から逃げてったヤツはさぞかしがっかりしてただろうって言われても、本当に心から「良かったね」って思いますよ。

私は私のやり方で子どもを守っているつもりでそれでほとんど満足。

私の中の小さな愛と赦しをもって。

暴走する日本が武器を売り兵隊を送り、原発を売り、見えない誰かを踏み潰しながら

少しずつ豊かになるような事があれば、「愛と赦し」の国はどこからも「愛と赦し」をもたらされない。

今の日本に「愛と赦し」を見出そうとしてくれた彼女をも殺られてしまうのではないか。誰に?

それは間接的な母国の武力でありその背後にあるもの、いずれにしても誰も手を汚さず

はっきりとわからない形でたくさんの命が奪われていく戦いが始まっている方に今はリアリティがある。

世界は広いが必ず繋がっていて、投げた物は必ずどこかに落ちるのです。

すべての人が小さな愛と赦しを得られるよう、祈るしかありません。

そしてこっそりと全力で逃げるよりほかありません。