小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

しんちゃんが行く!

しんちゃんは、2歳上の私のいとこだ。

一番仲良しだったおばちゃん、八重子ばちゃんの末っ子長男でチビ私の大親友。

八重子ばちゃんのことは以前書いた。←2003年8月15日の記事。2003年だって!

どんだけ長くブログ書いてんだって以前に、月日の早さに驚くなぁ。

いまそれを探しだして改めて読んで、少し泣く。

その大事な八重子ばちゃんの長男・しんちゃんが、バンコクへやって来ました。

結婚生活11年の夫も会うのが初めてってくらい会ってない。八重子ばちゃんの葬式以来会ってない。

「どんな人?」と夫が問うので

「青森からリンゴを抱えてほっぺを真っ赤にして妹に会いに来たよれよれスーツのお兄ちゃん、みたいな人」と言った。北の国から的な人の良さをベタなビジュアルでお伝え。その本人が我が家の前に立った姿を見て、改めて自分の秀逸な表現に驚いたほど、そのままの映像がそこにあった。リンゴは持ってなかったけどね。

母幸子がお嫁に来て、最初に出来た友達がしんちゃんだった。分け隔てなく接する小さな子どは母の頼りだった。私にとっては物ごころついた時からしんちゃんがいて、目の前の互いの家を行ったり来たり、しんちゃんちには私のお茶碗。家族旅行にも同行した。学校から帰るとまっすぐしんちゃんち。小学校1年生になったらしんちゃんと登下校出来るのが嬉しくて、午前中で授業が終わっているのに、しんちゃんの授業が終わるまでクラスの前で張り込みして先生に笑われたりしていた。そんな私のしんちゃんは、なぜかとても人気者だった。先生からも友達からもとっても愛されていた。コロリと太って優しくてニコニコしててそれでもどこか男気のある風貌から「ぷーさん」と呼ばれていた。校内暴力真っ盛り、千葉県トップの暴力中学校、廊下をバイクが走る我が校においての癒しと良心。積み木崩しメイクの女生徒がかまって欲しそうに「ぷー♪」と声を掛けてくる。私もしんちゃんのお陰で不条理な先輩たちからのオーダーを見逃してもらったりしていた。先生はしんちゃんに自信をつけさせようと「声がいい!」とか言いだして全校生徒の前でソロで歌わせたり(身内は変な汗をかいた)、太ってて病気になるといけないからってサッカー部に押し込んだり。友達もトサカ頭や聖子ちゃんカットがいつも笑顔で側にいて、誰かと喧嘩になれば死に水をとってやる!とか言って応援してくれていた。←それって大事にされているかは感受性によるけれども。デブでもいじめられっこにされない気の強さはどこかあった気がします。

いかんせん、学校の勉強は、大の大の苦手。

どこか入れる高校はないか、あの手はどうだこの手はどうだでどうにか収めた感じ。どうして入れたのか短大まで行ったんだけど(たぶん人柄とサッカーで)とにかく勉強はずっと苦手だった。

そんな彼が社会に出て「出来る事をコツコツ」やりだした。

職人さんみたいな仕事をただ一心にコツコツやっていたら、上の人に気に入られていつしか暖簾分け。これまたどうしてそうなったのか歴史がだいぶはしょられてんだけど、今は商社の代表取締役だ。中国メーカーの代理店となって日本の大企業にそれを売り込む。日本全国とジャカルタに支店があり、今年いよいよタイにも支店を構える見込みとなった。今回私は接待のお店の予約や、ホテルの予約など、インスタント秘書としてほんの少しお手伝いをした。

で、お手伝いしながらだんだん判ってきたんだけど、どうも会社は私が思ってるほど小さくないし社長とは言えあたしに毛が生えたくらいかと思っていたら意外に本物の社長みたいだった←わたすは偽物ですか?私にとってはいつでもおっちょこちょいで要領の悪いしんちゃんなままだから、こっちに来るついでに洗剤とか蛇口のパーツとか運んできてもらったりしてたんだけどwww。彼の部下が聞いたら「え!」って思ったでしょうね。

まるきりやる事が成り上がりの中小企業の社長なので、なんでも1万円。接待の予算もだいたい1万円。ホテルも1万円、我が幼子のお年玉も1万円(-_-;)1万円をいっぱいばら撒きながらしんちゃんが行く!1年のうち100日飛行機に乗り、1年の半分をホテルで眠り、自分の寝ない家を建てた。誰もが知ってる飲食メーカーの社長達と歓談し、1日1客しか取らない金沢の料亭で商談をする。あの人のよさそうな顔のままで!

大事な事は、まずまず幸せそうってことだな。全力疾走する姿はなかなか良いフォーム。デブだけど。

私の知っているティーンエイジャーの何人かは今年大きな門出に立っている。高校受験の子、留学先にいる子、自分がどこにいるかも分からない子。その子達にしんちゃんを見せたかったな。勉強がまったく出来なかったのに、社長とかになっちゃう人を見たことないでしょう?勉強の出来ない人生はもうおしまいって思っちゃうでしょう?特に日本では無理だよって思うよね。だって、とにかく彼を知るすべての人が知ってるくらい勉強が出来なかったんだから(笑)

私だって未だにちょっと信じてなくて、しんちゃんの勘違いなんじゃないかと思ったりして。

やっぱり自営業のうちの子だからか、なにかやらせると「こうした方がお客さんが喜ぶんじゃないだろうか」とか「ちゃんとやらないとダメな物が出来たら申し訳ない」とか、ずっと心に持って仕事してたと思うよ。それって勉強がまったく出来なかった学生時代があって「自分がいずれ誰かの上に立つ人間になる」という可能性がゼロだと悟っていただろうし、だからしんちゃんの中では上とか下とかそもそもあまり面白いことじゃなくって、ただ目の前の仕事で誉められると嬉しくてコツコツやってただけだったんだろうね。そしてその不思議な魅力が彼を導き、ますます会社を大きくさせているのではないでしょうか。本人は「なぜだらう」と思うこともなく、相変わらず何かの間違いみたいに腰を低くして屈託なくニコニコしてるだけだけど。

渋滞で移動に時間が掛ったせいで、フライトまでの僅かな時間しか会えず勢いよく10年分の話をして帰っていった。

バンコクに来る前日にはジャカルタにいて、帰りは家に帰らず羽田で待ったなしの書類にハンコを押し、スーツケースを取り替えてそのまま愛媛だとか。

せっかくだから何かやろうよって言ってくれたんだけど、あたし同じペースで動けない・・・・

くそ!あのコロンたんに走って追いつけない日が来るなんて!

今自分が立ってる場所で、自分が大事にされていないと感じたり、自分の良い所が発揮できてないと感じても、それは長い人生のほんのちょびっとの時間かも知れない。そこではない何処かへ、時間や場所をほんのひとまたぎするだけで自分が輝きだす事ってあると思います。

それを追いかけたり、待ったり、掴まえたりする強さと柔らかさをなくさないでいたいものです。

と、言う事でアップがだいぶ滞っていますけれど(笑

ままかは、土曜日深夜オープンのままかばー(あぱかばーるな感じで読む)「mamaka BAR」と、インスタント秘書カミムラとして活躍中でございます。また移住のご相談、モノマネ人生相談(相談する人がモノマネ)なども実施中です。

なんかすげえ忙しいです。つか仕事じゃねぇのなそれって。でもよしとしております。

南国人生はゆっくり徒歩で参ります。