小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

なかなかキビシイ状況。眉間にシワがよる昨今。

タイでもままか亭にはたくさんの方が遊びに来てくださる。

お友達と日々を過ごすのはこの上なく幸せなことです。ありがたい。

それが仕事と同時進行で出来てた過去を思うとよく働いてたな自分とほめてあげたい。

いまは休まずには進めないタイランド。

・・・ごめんなさいタイのせいにしました。

最近はもっぱらぱぱっとツイッターを書いてます。このブログの端っこにも出してるけど。つまりツイッターとこのブログは同じ人がやっていると公表しているわけだから、誰にでも私の素性は知ることが出来る。ツイッターのアノニマス性をまったく利用できてないじゃないのオレ。で、うっかり危ないことを書いてしまったりするんだけど、まぁミステリアスからは一番遠い存在(俗世どーん)としては、どうしてもキャラかぶって他の人になれないので仕方ないのか。危ないって言っても18禁の方でなくていつものゴリ社会派なだけだけなのですが、最近はウヨウヨした人たち突然沸いてくるので心強くして臨まなければなりません。

だからこっちでゴリゴリやればいいんだよね。←仲間内の飲み会で机叩くみたいな。

それにしてもあの字数制限はたいしたもので、要点を読みやすくコンパクト&インパクトそして直感的に書かないとピリッとしないようになってる。書くリズムがブログとまったく違うので、ツイッターの575的世界に埋没してるとブログ書きづらくなるんだなー。まったく会話になっていないにも関わらず、同じ考えの人の文字が流れてくると対話しているような錯覚を起こしてついつい時間を忘れて読みふけってしまったりする。恐ろしいツールだ。

お蔭様で日本の人が考えてることとか、世界の人が考えてることのズレみたいのはよく判る様になりましたが。

なかなか日本にいると日常に紛れてわかりづらいと思いますが、いま3.11以来超危なっかしいですよ、日本。

あの悲しい事件が連れてくる、「暗雲」が夢にも出てきそうです。

そしてそんな最中にも忘れてならないのは、原発は放置されていて放射能は未だに降り続け流れ続けている事実はみじんも変わっていないという事。

そして、更にそんな外界よりももっと切実な災厄に身を落としている方もいるでしょう。

世界を語るなんて余裕のある人のすることだと。

でも、思うんですよ。そういう個人的な問題の根幹てちゃんと世界と繋がってんじゃないかなって。

例えばそれをすべて捨ててみたらどうなのか。

怖いくらい自由になるんじゃないだろうか。

それは逃げていることになるのか?逃げて何が悪いのよ。

そして、逃げるって実は闘いですよ。

自分を傷つけるものの側に近づかないで。

遠くへ遠くへ自分を逃がしてやってください。

日本はますます窮屈そうだ。