小事争論 koji-souron

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

今日もアジアの片隅で

暑い一日でした。

今日のノルマはルンピニー公園のジョギングコース約2.5kmを低学年までが2周、高学年から高校生までが4周と。なかなかハードです。ルンピニー公園に集合した珈琲豆。大きめのはノリノリ大興奮でスタート。後に続く小さい珈琲豆の中央辺りに私はおりました。いえファミリーランですから家族でいなくちゃいけないんだけれど、ちゃんと母に付いて走ってこられたのは凛だけで、彪は走ったり歩いたりしているうちに父母と離れ先生と一緒にゴール。百伽は父と共に徒歩でゴール。

衝撃的だったのは1周終わった段階で、生徒全員が「終わった!」とワイワイ次のアトラクションに向かって行ったこと・・・。やってみたら思ったよりキツかったね。と、言う事で誰彼ともなく1周で終了です!えーーーー!

「家族で走る」と言うことすら意味を失う、トップでゴールしたのは親を放ったらかして走った身軽な珈琲豆!

でもやっぱりね、生物としての違いを感じずにはいられないよね。もうずば抜けて早いわけ。老眼じゃ見えない。ありゃ反則だ。10代のアフリカンに40代のイポンスキーはなかなかどうして勝てません。キー!

数々のアトラクションを楽しんだ後、お弁当が終わればいつの間にか解散。池のほとりでランチしていたので、ルンピニー名物大トカゲが水から上がってきてお愛想を振り撒いています。子ども達がギャーギャー言っていると「これはワニですか?」とおじいちゃんが声を掛けてきて「いえ、これはトカゲですよ」と言うと少し困った顔。「トカゲ」が通じなくて日本人じゃないんだと気付いた位流暢な日本を話すおじいちゃん。<日本語を話すアジアのお年寄り→植民地化政策>私の脳内構図。ああ・・・・・勇気を出せわたし。胸ポケットに漢字のメモが見えた。「中国の方ですか?」と聞くと「私は韓国です」と。「するとやはり日本統治時代に日本語を覚えられたのですか?」と問うと「はい。私は85歳になりますから日本の先生に教わりました」おじいちゃんの終始優しい笑顔が苦しい。しかし苦しいながらも気になってるのはおじいちゃんが食べてるのうちの学校のお弁当なんですけど、なぜ。「先生はいつも言っていました。いつも正直でいなさい。嘘をついてはいけません。一生懸命勉強しなさい」それをゆっくりとうちの息子たちに話してくれる。聞きながらそうやって秘密を暴露させたり情報統制したりしたんだろうなぁなんて、意地悪に考えてしまってごめんなさい。「今はカオサンのゲストハウスで日本の若者たち6人といます。毎日たくさん話して楽しい」メモを広げるとそこには日本語でバスの番号と教えてくれた日本人の名前が書いてあった。ゲストハウスではみんなが親切にしれくれること。いろんな国を旅している事、いろいろ楽しそうに話してくれた。そして「私は日本が大好きですよ」思わず頭を下げたくなる。

旅に出ると、先の戦争の爪痕にたびたび出会う。日本語を話すお年寄りはそれこそたくさんいるのだが、声を掛けてくれる人達はいつも親日的で礼儀正しく温かい。同じ様に名前や言葉を奪われて悲しい思いをした人達は、声なぞ掛けることなく厳しい言葉を飲み込んでこちらを見つめているのかもしれない。日本人として生まれた限りいつかは矢面に立ってその罪を背負わなければならない日が来るかもしれないと思いながら旅していた。日本人にとってアジアとはそういう場所なのだ。しかしどうだろう、この優しい人々の存在は。植民地化が推し進められる中で彼らに優しく接する日本人も少なくなかったと思うし、戦後日本語使いになったことで人生が大きく変わりそれをうまく乗りこなせた人達が抱く日本の印象は良いものなのかもしれない。まず不幸な部分を語られないだけでホッとしてしまうことは否めないが、「日本が大好きですよ」と瞳の奥に深い慈悲の光りをたたえながら見つめられると本当に堪えるのだ。自然と「ありがとうございます」にどんな「ごめんなさい」よりもたくさんの思いを込めて返してしまう。矢の様な鋭くつらい言葉を浴びせるよりも「愛している」と伝え歩くことが最大の反戦。相手の素直な反省を導くのではないかと思わずにいられない。国がやったことだから自分が謝るべき事ではないと思うのは間違いです。やられてしまった人達は国とくくれない普通の人々。理解しあえるのは顔を持つ者同士だけなのですから。嫌韓なんぞが流行っている日本が恥ずかしい。それにしてもおじいちゃんの日本語の先生は本当に誠実なお人柄だったようです。どんな状況下でも誰に対してもそうやって生きられたらいいですね。出会う人達も幸せな気持ちで生きられるのだから。アジアのおじいちゃんおばあちゃんにはたくさん会って、たくさん話したい私ですが、ヘイトの人達には本気で会いたくありません。日本に帰りたくない理由のひとつでもあります。国同士は都合によりヘイトキャンペーンを繰り返す。国の煽りと並行してヘイトデモ・スピーチする人達まで現れている日本。そんな人達はこのおじいちゃんにどんな理由でどんな罵声を浴びせるのか。

「あいうえお、かきくけこ、しっかり習って下さい。読み書きは大切です」

おじいちゃん、いろいろあって私は日本を捨てて来ました。でも本当に母国語って大切ですね。しっかり勉強させようと思います。

気がつけば同級生たちも帰ってしまいお日様が真上に上がってしまった。ぐずぐずしていたら目も開けづらいくらいの灼熱地獄。脱水と直射日光が襲いかかるルンピニー公園から命からがら脱出しました。まだ体が熱を持ってるような気がする・・・あじかった!

帰って子どもたちともいろいろ話す。今はイメージできなくても出会いや感触はひとつひとつ積んでいって欲しい。アジアだけの問題ではなく、いつも肌の色や宗教での差別や区別を目の当たりにする君たちだから尚の事。

そうそう、ゲストハウスの若者たち、ありがとうね。世界を渡るツバメたち。バックパッカーはそうでなくては(^^