小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

まるでいつもの朝みたいに

「ドーンって凄い音の後、悲鳴と名前を呼ぶ声が。誰かが駐車場で車に轢かれちゃったのかと思ってドキドキしながら外へ出るとガードマンのお兄ちゃんも見に来たところ。音は外からではなくうちの上階からだった。お兄ちゃんはしばらく音を聞いてて「大丈夫、酔っ払い」と笑顔」

昨夜、リアルタイムで綴ったツイートの口切りです。

目の前で状況はどんどん変化して、しかしはっきりとした事はわからないまま今日になりました。

深夜1時半頃だったでしょうか。

ツイッターをいじりつつタイ語の宿題をやっていると、突然何かが倒れた様なドーン!っと言うとても大きな音が。

同時に女性の声で名前を叫ぶような声。本当にすぐ側で聞こえました。

声の感じからすると相手に返事を求めているようです。

咄嗟に、暗いアパートメントの道で車に轢かれちゃった?ドーンって衝突音だった?と思った私。

声の主はもの凄く狼狽しているのに、誰も様子を見に来る気配がない。

時間も時間だし、誰も気がつかないのか・・・

そう思った私はサンダルを引っ掛けて外へ出た。

するとようやっとガードマンのお兄ちゃんが駆けつけてきて「何だろう?」と二人で耳を澄ます。と、お兄ちゃんが上階を指さした。

うちのアパートメントは音を反響させる建物なりが周囲にないせいか、上階の音は吸収されてあまり聞こえてこないのです。それで、音の方向と遠近感がつかめず、私は部屋の外で何かが起きたと思ったのだけれど、実際には自分の耳より上で事件は起きていたらしい。お兄ちゃんはまた耳をそばだて「う~ん、キーマオ(酔っ払い)だ。大丈夫」と笑顔で言った。「ああ、よかったね」と解散したのでした。

しかし部屋に戻ってしばらくしても上階の騒ぎはいっこうに収まらず、悲壮な声が聞こえてくる。

やっぱこれ誰か倒れてんじゃないかな~。脳溢血とか、心臓発作とか・・・

と不安に思いながらまさかドアを叩く勇気をさっと気軽に持っては出られず、部屋の中をウロウロしてると上から誰かが降りてきた。ゴソゴソとうちのドアの前で話をしてる声がする。病院へ連れて行こうとしてるのかな・・・。お助けに行こうかと思った所へサイレンの音。念願の救急車!さっき大丈夫だよと笑った彼が、救急車の後を必死で走って追いながら「上階へお願いします!」と叫んでいた。

清潔そうな若い救急部隊が手に手に器具を持ち、ストレッチャーを運んで行く。

やじ馬みっともないよ~と思いながらも、短くて長い顛末を見届けようとベランダで蚊に食われつつストレッチャーの帰りを待っていた。

その時、ふらっと上からガードマンのお兄ちゃんが降りてきて、ベランダにいる私に向き直ると

こめかみに人差し指と中指を合わせて当てて、空気を弾いた。ピストルの形?

「え????え????あたま撃っちゃったの?」と同じしぐさをしてみせると大きく頷いた。

アパートメントの他の部屋は何事もなかったように静寂に包まれていて、1人2人と集まってくるアパートメントのスタッフも何も語らずただ上階を見つめていた。湿気た風がわさわさと動き回っているに、すべては理性的に秩序を持って進んでいるようだった。

ついにストレッチャーは誰も乗せずに戻ってきて救急隊もその場を離れた。代わりにものすごい人相の悪いややマッチョが3人無線を使いながら上へ、しばらくして鑑識らしいメンバーが上へ。

うちの部屋のすぐ上は確かお年寄りが住んでいた。彼が?なら叫んでいた女性は誰?

夫を起こして状況を説明すると「夫婦なら日本人の部屋じゃない?」

確かに、4階に日本人の優しそうなおじさんがかわいいタイ人の奥さんと住んでいる。

生活の時間帯が違うからかあまり会わないのだが、何度かゴルフバッグを抱えて二人で楽しそうに出掛けて行く姿を見ている。しかしあれは4階の音じゃないよ、もっと近く。真上だと思う。と、話しながらとにかく横になった。

朝になったらいろいろ解るだろうと思っていたら、まるで何もなかったような穏かな朝だった。

子ども達を送って帰るとガードマンも交代していた。少しだけ昨日の話をしたらまるで知らず、聞いてしまった事を残念がるように「トップシークレット」と唇に人差し指を当てた。

ロビーでは大家さんがいつもの様に住人と談笑していた。「大変だったね」と話しかけると「何もよくわからないのよ」と小さい声で言った。「何人だったの?」と聞くと「日本人」「えーーーーーー!」あの生々しい音が3階を隔てた4階から聞こえたというの?「聞こえた?」「うん聞いたよ」いつもふざけているメイドさんも何も言わなずに話を聞いている。「彼、死んだの?」その時、泣きながら大家さんのお坊がやって来たので、大家さんは急いで抱き上げなんとも言えない顔をして答えに窮していた。「I am not sure」その声を聞きながら泣いてるお坊の背中に私がそっと触れようとするとほんの一瞬大家さんは身を翻し、息子に触れぬよう私の手を退けた。

軽く傷つき・・・(-_-)

どうやら戒厳令がしかれているようだ。タイ人ってば、人の噂は物凄く好きで根掘り葉掘り聞いて来るのに、自分の内緒話となると意外にキリッとしちゃってさ・・・こっちが低俗度丸出しになってしまったではないか。もう二度とこの話をしないようにしよう。

そう思って部屋に戻ると、謎の梯子がうちのベランダ越しに上階へと伸びている。

ユラユラの梯子で目の前まで上がって来たスタッフに「なにしてるの?」と聞くとうちのベランダの壁を指さした。

そこには・・・・血しぶきが・・・・!!!

「ニッノーイ、マイペンライ!」←ちびっとだ、気にすんな!と言って笑顔で洗っている。

うわーぉ、とドン引きしながらも、私も出掛けなくちゃで急いでお出かけ前のシャワーに取り組んでいると、今度はピンポンピンポンピンポンピンポン・・・慌ててシャワーを切り上げ「どした?」とベランダに出ていくと「ベランダに流れたヤツを拭きに行くよ!」とさっきキリッと立ち去った大家さんが笑いながら手を振った。

やって来たのはスタッフでも大家さんでもなく、大家さんのお姑さん。ここの大御所様が痛い足を引きずりながらモップを持ってやって来たのです。

「お前さん、全部聞いたのかい?」

そして大御所様が、小さな小さな声でご存じのあらましをすべて語り、私の知っているすべて聞きだして帰って行きました。一応ちょっとだけベランダ拭いて。「眠れないな~」って怖い顔で捨て台詞して。

さすが、これぞタイ人スピリッツ。

昨日のその時間に、イランの核施設が爆発したかも知れないと言うツイートが流れてきて、3.11を思い出していたのです。そして事件、そしてその翌朝。いつもの様にあまりにも穏かな朝が来ました。何も知らない人は今でも何も知らないままここで生活しています。遥か彼方の核爆発も、隣の部屋の発砲事件も知らずにいられる。まるで、3.11の翌日みたいに。

あの時はとにかく、事実がどうでも自分達は慌てず騒がずいつもの様に過ごそうと努めていた。

ずいぶん気質の違うタイ人も有事の際は同様に、とにかく日常を取り戻そう、出来るだけ普通にしようとしている様に見えた。日常がブレると何か良くない事でも起きると思ってるみたいに。

核爆発で被曝した1万人の人達も、たった1人どういう訳だか死ぬに至った隣人もまた、繰り返す日常を願っていたでしょう。私達の愛しくて適当な日常は空気と共にただそこにあり、しかしとても強い光を持って不幸を照らし出す。

そしてきっと本日より未来には、この過ぎ去った不幸は語られない。

とてもお行儀のよい風情で、大人の事情はまことしやかに優先されていくのです。

悪い噂が立たないように、大事な「今まで通り」が遠くへ行かないように。

はっ(@_@;)

わたし、消されないように気をつけるべき?