小事争論 こじ

アジア服・南国よろず屋ままかのボス。まだときどきちゃぶ台をひっくり返したりするけどだいぶ穏かになりました。

子どもの被爆検査3

そろそろ、帰千葉の日が近づいてまいりました~

はえ~

一昨日からお迎えがてら母幸子が福岡観光に来ていますが、

1日爽やかな国立九州博物館で遊んだだけで、今朝は喉の痛み&発熱で

寝込んでいます。おそるべし!pm2.5!

しかしながら昨日は首都圏の数値の方が高かったみたいですね!

皆さんも~、お気を付けて~(´ー`)/~~

さて、被爆検査。

今ツイッターなどでは子どもの甲状腺検査に対する是非について討論されている。

甲状腺の異常には、のう胞、結節の発見が代表的だけれどそれがあったからって

ガンになるとは限らない。また現在ではエコーがかなり進化して極々小さいのう胞も

見つけることができるようになったので、今までにない数ののう胞が発見され、

いっせいに検査をすれば急増しているように見えるだろう、と。

まず、のう胞や結節が見つかって不安にならない親はいなく、検査を進めれば

今までなら見つからなかったであろう小さなガンが予想以上に発見されるだろう。

ただ甲状腺ガンにもいくつか種類があり、ものによってはゆっくりと経過観察を

行うべきものもあるのだが、しかし子どもからガンが発見されてゆっくり落ち着いて

いられる親は多くない。切ってしまえば終わると思えば、恐らく多くの親が慌てて

切ってしまう可能性も考えられる。しかし「甲状腺がない」という体は一生ホルモン剤

を飲み続け、常に体調不良を抱えて生きていくことを意味している。

チェルノブイリネックレスと呼ばれる首の傷跡を持った子供たちを度々目にする社会に

日本もなっていくのか。まず検査に対する親のきちんとした考え方、手術への充分な

学習と議論がなされるべきではないか。

と、いうような事じゃないかな?ざっくりまとめすぎたかしらごめんなさい。

で、あまり考えずに「せっかく近くにいい病院があるんだから」と受けました。

本当にごめんなさいヽ(`Д´)ノ

とにかく福島に関しては、検査しても親に検査報告が詳しくなされなかったり

データを開示、持ち帰りもさせてもらえなかったりと、いったい誰のための検査

なんだ?と言う奇々怪々現象が起こりすぎてもうお医者だって信じられないような

有様。そんな中、検査した方がいいの?しない方がいいの?医者でもない素人の親が

できる限り自分の頭で考えて進んでいこうと努力をしている。勉強もしよう議論も

尽くそう。しかしそれって結局「納得するようにするしかないんじゃん?」って

ことでしょ?自分が後悔しないように。「なにしたって後悔する」のがまだわかる

けどね。「しまった!」って思うテーマが我が子の命なんて冗談きつすぎるぜ。

せめて正しい情報と豊かな選択肢があればそれもありかもしれないが、首都圏で

関東の子どもにさらっと甲状腺の検査をしてくれる病院なんてなかなか聞かない。

「どうするか親が決めろ」ったってそもそも選択の余地なんてほとんどないのだ。

千代診療所にご縁がなければ、病院で被爆検査をしようとは考えなかったと思う。

内部被曝が一番心配だったので、近いうちにネットの理学研究所で尿中のセシウム

検査をしようと思っていた。もちろんそれは保険適用外。

私たちは東電と国が起こした事故によって齎された不安や不調を、自分の考えで

それを解消する方法を模索し、彼らが払うべき費用を自腹でまかない、さらに自動

引落で高い電気料金を払い続けている。

「人のせいにしゃダメ。人に頼ってはダメ」思うクセがあるんですが、

「私のせいじゃない。しかし国に頼ったら絶対ダメ」なんだな。

大事な子どもを国に任せたら絶対ダメ。しかし私はただのお母ちゃん。

ああ、なぜ私は自分が医療従事者じゃないのだろう。くやし~

自分の考え方と、検査してくれる組織とは基本的な考えが一緒でないと、どんな

結果が出ても相変わらず疑心暗鬼が続くだけと思う。結果を知ることは大事な事

だけれど、素人である自分がその数字を理解しきれる訳がない。現れた数字をどう

解釈されるかが焦点なのだと思う。まず千代診療所自体が、広島長崎の被爆者を

長年支えている歴史があり、人権に対しての考え方はセンシティブ。

「脱原発!」「オスプレイ拒否!」とか可愛いイラスト入りで廊下に貼ってる

そんな反骨精神の人々にとって敷居の低さを感じさせる雰囲気はもはや救いだ。

どんな検査が子どもにされるのか。先に知っておこうとまず私が内科で検査を受けた。

のんびり福岡・・・予約診療とは言え検査前にドクターと対面で話すこと30分。

やはり最初に述べたような、最新の検査での状況を説明され「ちょっとばかし

のう胞があってもガタガタしない」とお約束してエコーへ。

これからの食べ物の選び方について、空間線量の限界について、私の家に合わせ

どうしたら良いかを一緒に考えて下さる。会場へ行って偉い先生の話はもう

ずいぶん聞いた、と言う方も多いだろう。せっかく病院へ出向くのだからこう言う

個々のケアがあって当たり前だと思う。そしてこれが当たり前の世の中でないの

だから、本当にありがたいと思ったあたりまえ体操。

もちろん、私はドクターの生徒ではないので、先生と考えの違う事も多かったの

だよ。ドクターは基本的に福島差別を重く考え、農家を叩くのではなく正しい計測と

消費をセットで考えているようだったし。そこで語られるデータはかなり楽観的な

感じがしたし。「えーー」と思うことはおずおずと食い下がって質問した。

そして答える先生。健全だよね。

そして小児科。小児科は予約診察なし。多忙につきもう食べ物の話で議論なんてせず

ひたすら子どもの機嫌を取って検査をして下さるだけなのだが、一部即日結果が出ない

ものは「来るの大変だからね」と電話で話す約束。たまたま約束の時間にうまく落ち合え

なかったら直接先生から電話頂いた。まず安心して良いこと、データは大事に保管して

おくのでいつでも利用して良いこと、そして「じゃあデータは千葉の住所に送っておくわ~」

と明るく言ってたけど、切手代は?!データが患者自身のものである当たり前。

切手代おごっても手元に送って下さる姿勢。ありがたいです。

首都圏に住んでいると病院主導で不便や苦痛を患者が負うことに慣れてしまうように思う。

たくさんの患者さんがいるんだから自分だけ楽をしちゃいけないって思っている。

謙虚通り越してもはやドM。

病院なんだから人に優しくて当たり前って事が当たり前な福岡が、羨ましい。

人口がちょうどいいんだろうかね~。なんだろうねこの違い。

被爆についての考え方が近くて結果の解釈をわかりやすく伝えてくれること。

それは何より大事なことだ。そして「大事にされてる」感じがするかどうかも大事

と知った。ご縁だけで検査しちゃったダメな母親でしたが、検査して良かった。

もちろん結果によっては今頃大泣きしてたのかも知れないけれど、それでもきっと

自分の性格を思えばいつか知る事であったのだろうから。

私はNPOや市民団体などとも繋がっていないし、公の場で放射能について議論を

した事がなかったのだけれど、家族ではない第三者の専門家と語り合うことは

とても安心して繋がれる感触があった。検査が子どもの体と向き合うという事

ならば、そう言った側面からもやってみて良いことの様に思われた。

そしてまた勉強して、議論を尽くすのだ。