サブちゃんの戦い
土曜日、朝起きると母さちこが職場からメールを寄こした。
「サブちゃんが危ないです。父に電話をしてください」
焦る気持ちで実家へ向かった。
サブちゃんは、今年の5月に死んでしまったはなちゃんの娘。
猫は親子でも1年位しか年齢が変わらないので寿命も近い。
それにしても近日中に何かが起きるなんて、まったく感じさせなかったのに。
朝方、小さな泣き声を聞いた父よしおが、向かいのお宅との塀を乗り越え、
ダンボールの山から真っ黒けになったサブちゃんを見つけ出した時には
すでにぐったりしていた。急いで連れ帰ってからは、何時間も数分おきにケイレン。
その苦しみようは目を覆うばかりだったそうだ。
病院の診断では「血栓」と言われたらしい。前々から後ろ足の爪に怪我をしていて、
そこが腐っていたのだが、それは関係ないだろうとのこと。
ネットで調べてみると「大動脈血栓栓塞症」が一発ヒットの最上部にありこれと症状がぴったりと合った。
腰から下がまったく動かず、冷たく固い。突然の呼吸困難、ケイレン、もがいて苦しんで、体温は32度まで落ちていた。
そして、手立てがない、と言うことがわかってしまった。
朦朧として静かになった今も、とても痛い、と言うことがわかってしまった。
友達が持て余していたはなちゃんを私が預かり、実家に置いたのだが、
あまりのかわいさに返せなくなり、先に暮らしていた太郎のお嫁さんとしてうちの子にしてしまった。しかしはなちゃんはその太郎をどうしても愛せず、近所の野良猫ボスと恋に落ちた。
そして生まれた4匹の子猫。
サブちゃんは女の子なので貰い手がなく、産まれてからずっと実家にいる。
そのぐったりとした体から出るとは思えない大きな声で、時々痛みや苦しさを訴える。
よしおが側を離れると吐き出すような声で呼んだ。
少し温かくなったとか、肉球に色があるとか、いろいろ希望を探ってみるが、
夕方にはすっかり呼吸が浅くなってしまった。
心筋梗塞なのだ。肺水腫も併発していたかもしれない。
どんなに苦しかったろう。
ちょっと台所に立っている隙だった。
さちこの帰宅5分前だった。
よしおの手の中で逝ってしまった。
我が家で産まれた小さな小さな命。
輝くように美しい4匹の子猫。
こんなにかわいいものが世の中にあるだろうか、と心底思った。
軽くて温かくてクチャクチャでちぃちぃだった。
親離れを経験する必要のなかったサブちゃんは
いつまでも子供で生粋のお嬢様で我侭で気が強くて気高い。
頭の回転が速く、警戒心が強く、お転婆で狩りも上手。
ぱーっと目の覚めるようないい女であった。
えらい高飛車な苦労知らず。
そのまま苦労などしなくて良かったのに。
なにも、こんな苦しい思いをしなくたって。
産まれた場所で、死んでいくなんてどれだけ幸せか。
16年も生きられたのだから、御の字だ。
確かにそう思うし、何度も口にするのだがしらじらしい。
きっとサブちゃんもまだ受け入れられないに違いない。
痛みが去った事にはホッとしていて欲しいのだけど・・・
でも安楽への願いとは裏腹に、
私にはまだサブちゃんの「生きたい」って言う、あのキンキンの目が見える。
痛みと引き換えに、生きてやろうとした、あのタオルに突き立てた爪が見える。
やはりまだ少しだけ、早かったよね。